第30話 猶予時間は……

 クリフは急ぎ金の鳴り響いていた門へ向かう。

 今は鳴りやんでいるが、そこで何が起きたかを確認するべきだからだ。

 何しろ影の軍勢はまだ村まで遠く到達には時間がかかる。空の上からなら兎も角、見張り台の位置からでは地平の先が黒く暗くなっている程度しか分からない筈で、それが脅威か自然の偶然か区別をつけることは出来ない筈なのだ。

 それなのに鐘を鳴らしたという事は、何かがあった事に他ならない。

 急降下から急激な減速。

 キュリウスが脇の胸壁に乗るとほぼ同時に降りたクリフは見張り台へ走った。

「お前ら、何があった!」

 中にはブレイスとテルミス、他にも数人の急ごしらえ装備に身を包んだ守備隊の者がいる。

 その守備隊たちに取り押さえられているのは、ここで外の警戒を行っていた者だろう。

 普段の姿は知らないが、このような酷く狼狽した様子でない事だけは確かなはずだ。

「分かりません。コイツが急に暴れ出して……」

 共にここで見張りをしていたのだろう男が困惑した様子で答える。

「ああ、ダメだ。マズい、アイツらが来るんだ! アンタたちには分からないのか?! もうすぐそこまで来ているんだぞ! 早く逃げないと。早く、早く逃げないと……逃げないと逃げないと逃げないと!! ――あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「おい、しっかりしろ!」

 錯乱した様子で再び暴れ始め、それを周囲に者たちが力尽くで抑え込む。

 クリフは舌打ちの後、ブレイスたちの方へ視線を移す。

「おい冒険者ども、この症状に見覚えは?」

「似たようなものは知ってるが、それは瘴気、つまりは毒みたいなのを吸い込んで起こす発作みたいなものなんだ。もしもそんなものがここにあるなら、他の守備隊の人達が平気ってのはおかしい」

「お前の感想はどうでも良い。瘴気の症状に似ているってんなら、今はそれに対する事と同じ対応をするしか無いだろう」

「ダメ! 瘴気の症状を抑える薬は強力なものだから、そんな易々と使えるもんじゃないの!」

「チッ……お前たち、ちょっとこっちに来い」

 クリフの言葉に即座に反対するテルミス。

 その様子を見て事態の深刻さを彼らは知らないのだとクリフは思い出す。

 焦りから少し苛立たし気に舌打ちをした後、実物を見た方が早いと判断を下してブレイスたちを外に連れ出した。指を刺した先はのっぺり見える陰った森である。

「アレが何か分かるかい?」

「いや、なんか黒っぽくなっているように見えるが、何なんだ?」

「キュリウス、少し目を借りたい。ちょっと上にあがってくれないかい?」

 クリフが頼むと巨鳥は『キュイ』と鳴いて村の上空へと上がっていく。その間にクリフはブレイスとテルミス二人の頭を掴んだ。

「え、なに?」

「アンタらは目を閉じて黙りな。魔力を二重にリンクさせるのは集中力がいるんだ」

 クリフは深く呼吸をする。

 スー、フー。何度も独特な呼吸を繰り返し瞑想に近い精神へと状態を持っていく。

 やがてその朧気に変化した目の内、左の瞳に映る光景が地上から天高く俯瞰したものへと切り替わる。それから感覚的なキュリウスとの繋がりを把握し、その繋がりを魔力によって延長し手の平へと伸ばしていく。

 魔力が手に到達し二人の冒険者の頭へ繋がると、「ヒッ!」と息を飲む声が上がった。

「鐘が鳴ってすぐ空にあがったら、あんなもんが現れていてね。私にはとても友好的な連中とは思えないし、方向からしてこっちに向かってきていると判断していいだろう」

 もう必要ないと判断したクリフは二人の頭から手を放す。

「あれ、何?」

「私はあの手の専門家じゃないから知るはず無いだろう? むしろ冒険者であるアンタらが詳しいと思ったんだが、期待が外れたみたいだね」

「それはそれは、ご期待に添えずスミマセンでした」

「なんだ、まだ昨日の事を根に持っているのかい? 今はそんな事を気にしている場合じゃないだろ」

「わかってるよっ!」

 ムッとした顔のテルミスにクリフは溜息。

「状況は理解した。確かに悠長にはしていられないな」

「まさか薬を使う気?!」

「薬が有効かどうかも調べなきゃいけないし、もしも効かなかったら別に何か用意する必要もでてくる。もしここに暮らす人達がみんな錯乱したら、そこでどんな悲劇が起きるか分かった物じゃないだろ?」

「それは、そうだけど……」

 テルミスは納得しかねる様子だが事の深刻さを理解していないわけではない。

 彼女がもろ手を挙げて賛成できないのは、それだけ薬が危険なものであるからだ。

 クリフはこの件は二人に任せることにして、戻って来たキュリウスの背に乗る。

「何処へ行くんですか?」

「村長と村人たちにどう伝えるかの相談さ。それと欲しい物を作って貰いたいってお願いだね」

「逃げる気じゃないでしょうね?」

 テルミスは睨むように見上げてくる。

 それをクリフは一笑した。

「もしその気があるなら、とっくの昔に逃げているだろうさ。それはお前さんたちだって同じだろう? 違うのかい?」

 ムッとした顔でテルミスは口を閉じる。

 冒険者でありながら危機を前に怖気づき、ただ平和に暮らしていた非力な人々を見捨てるなどあってはならない。

 そのくらいの誇りを持っているのは、短い付き合いであるクリフでも分かった。

 だから自分も同じだと言い返す。

 自分自身に逃げないよう言い聞かせるためにも。

「さあ、忙しくなるよ。できれば原因も突き止めてくれると助かるがね」

「善処する」

「ま、期待はしないでおくさ」

 キュリウスが三度飛び上がる。

 その背に乗りって村の中心へ向かいながらクリフは思わずにはいられない。

 たった一人で何処まで出来るか。

 こんな時に限ってどうしてリオンがいないのか、と。

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