第13話 嵐は続く
『あーあー、聞こえるかクソども!』
ガラガラの怒鳴り声が不自然に大きく周囲に響く。
『俺たちは御察しの通り盗賊だ、つってもわからねぇだろうが、まあそんな事はどうでもいい。……テメェら、こっちがちょっと優しくしてやってっやってるからって調子に乗ってんじゃねーぞ?』
「どういうことだ?」
「わ、分かりません」
ブレイスの問いかけに見張りはタダ困惑した様子で首を振る。
『まったくよ、年寄りと臆病者しかいねぇと思って、少し脅かせばこんな場所捨ててどっかに逃げていくかと思ったのによー。フザケタ抵抗しやがって、そっちがその気ならこっちにも考えがあるってもんだ』
「待て! どうしてこの村に拘る!」
『テメェが一番分かってんだろ冒険者!!』
怒気を含んだ耳の痛くなるほど大きな怒鳴り声が響く。
『たくよー、こっちは静かに盗賊家業にいそしんでただけだってのに突然“ドラゴン狩り”とか言いって冒険者を集めやがって。ふざけんじゃねえ!』
なんだ? 何を言っている?
「お前たちとドラゴンに何の関係があるんだ?」
『知らねぇフリするんじゃねぇ! テメェらの狙いは俺ら“ドラゴンファング”の討伐なんだろ!! ギルドがその気だってんなら、こっちだってタダでやられるわけにはいかねぇ。そしたら砦が必要だろ? とびっきり頑丈なやつがよ』
違う、と言ったところで全く聞きそうにない雰囲気で辟易する。
まったくなんという勘違いだろうか。
そんな事で襲撃されることになるなんて不幸以外に言いようがない。
『そういうわけで、ここに来た理由は慈悲深い俺からの警告だ。さっさと故郷を捨てて逃げるなら別に追いかけやしねぇ。好きに何処へでも行きやがれ。だが、やる気だってんなら容赦はしねぇぞ。逆らう奴は全員ぶち殺す。……まあ、冒険者様に関しちゃどっちであろうと殺すがな!』
期間は今日の晩まで、それまでに逃げなかった連中は全員敵とみなす。
そう言って盗賊たちは兵を引いて行く。
すっかりいなくなるのを見届けた後に振り返ってみれば、話を聞きに来たのであろう壁の下に集まっていた者たちがブレイスを見上げていた。
自分たちはどうすてばいいのか、その不安でいっぱいの顔をしている。
どうしたものか――決まっている。
「大丈夫。必ず俺たちがこの町を守って見せますよ」
そう言うと一部はまだ心配そうにしているが、多くの顔が明るいものに変わった。
その変化を見てから「なので皆さんもご協力をお願いします」と続ける。
誰も彼もが勿論だと頷き、理不尽に抗うと力強く話していた。
もしかしたら、逃がした方がいいかもしれない。
そんな考えを頭を振って追い払う。
相手は奪う事を生業とする悪辣な連中だ。大人しく言った通りに逃がしてくれるようには思えないし、こちらの気持ちを分断するために誘惑しただけの可能性が高い。
「大丈夫かなぁ」
いつの間にか隣に来ていたテルミスが不安そうに呟く。
勿論、ブレイスや一緒に上がって来たイーファ、リオンにだけ聞こえる程度の小声だ。
「相手は何で引いたのでしょう?」
リオンがすっかり静かになった壁の外を見ながら首を傾げた。
「ああ、それは警告で少しでもこっちの戦力が減る事を狙っての事だと思う。何しろ、ここを手に入れたところで連中にとってそれは準備に過ぎないからな。本番は山のように押し寄せる冒険者たち(もちろん、実際は来ないわけだが)だから、少しでも戦力の損耗は減らしたいんだ」
「なるほど、では向こうが“これ以上の損耗は避けたい”と思えば引いてくれるでしょうか?」
「そいつは厳しいだろうな」
戦闘において環境というのは、それこそ生きるか死ぬかを左右する需要なものだ。
この場合においては、より強く意地を見せるための要因であるがどちらもさして変わらない。
壁の有り無しで何も変わらなくなるほど致命的な大損害を与えたならば別だろうが、彼らは何が何でもこの村を、壁を我が物とするために全力で攻め込んでくるだろう。
悲観的と言われればそうだが、悲観的に考えてもまだ下があるなんてザラだ。
故に心構えをしておくのは大切な事である。
それから、これからの事を話し合うためにブレイスたちはもう一度、村長の家へと入った。
「ああ、今こちらから迎えに行こうとしていたんですが」
そう言いながら出迎えたのはへカルトだった。
汗でぐっしょり濡れているのは乱れた呼吸と合わせて、急いで駆け付けた事を教えている。
「それで、どうしましょう?」
「どうもこうも、やるしかないだろ」
他に選択肢などない。
「実は今、村長とも話していたんですけどね。多分、少しだけなら住民を逃がせるんじゃないかと」
「は?! 自殺行為だ! あんなの罠に決まってるだろ!」
「落ち着いて下さい。そのくらいは分かってますよ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったブレイスをへカルトは宥めてから続ける。
「リオンさんがドラゴン相手に使ったあの魔法、アレを使えばここからバレることなく安全な場所まで逃がせるんじゃないかと、今そう話していたんです」
そう言ってへカルトはリオンに視線を移す。
ブレイスとテルミスは結果しか知らない魔法。しかしイーファのハッとした顔は2人に魔法の可能性を信じるのに十分な証拠となった。
後は本人が何を言うかである。
「……ハッキリ言うと、少し厳しいです」
「具体的には?」
村長が真剣な眼差しで尋ねる。
「魔法を行使するのは可能です。幸いな事にここには水がありますから。でも、多くを救うには魔力が足りません。恥ずかしながら私の魔力量は平凡なもの、なので作る事の出来る霧の規模は大したものになりませんし、それをカバーしようにも霧を動かすための風が今は吹いていない」
だから、たいしたことはできない。リオンはそう結論を出す。
しかし話を聞いた村長の考えは違うようだった。
「なるほど、では多少の命は逃がせると?」
リオンは苦々しい顔で沈黙する。
彼は不可能とは言わなかった。それはつまり、この場において可能である事と同義である。
だから村長は満足そうにうなずいた。
「なら、十分です」
「ですが――」
「良いんですよ先生。全員が殺されるわけではない。それだけで私達は戦う意味を得るのです」
残る者たちに恥じない姿を最後まで貫く。
ただそれだけで十分だと村長は言う。
勿論、全員がそんな気高い思いで戦うわけでは無いだろう。逃げられるなら逃げたいと思う者たちも多くいる。だから村長は残酷な決断を下すことを宣言した。
どうか、皆様は戦う準備を。選別は秘密裏にコチラで行います。
リオンだけではない。冒険者たちですら、その意義を理解していてもゾッと寒くなる。
だが自分たちに決定権はない。
それを否定したところで生き残れる確証は何処にもないのだから。
リオンはそれでも納得しかねると抗議しようとしたが、へカルトが村長との間に入り止める。
ただその目を合わせて首を横に振った。
「アナタは先生で、学者で、冒険者ではない。そしてこの村の住人でもないんです」
リオンは歯を食いしばり、黙り込んで俯く事しかできなかった。
暗鬱とした空気が部屋に満ちる。
何とも気分の悪くなることが世界にはあるものだ。
ブレイスはつくづく嫌な気持ちになり、耐えられないとでもいうように部屋から出ていく。
戦う準備をするだけ、そう自分に言い聞かせて。
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