第10話 〈運び屋〉が運ぶもの


 その帰路で、アキラはポツポツと話していた。


「レテくんは……オレの同期入社だったんすよ」


 同期入社の同じチームとして、二人は傍から見ても仲が良かった。

 元が貧乏の苦労人同士として、気が合ったのだろう。戦力的にもアキラが機転の利く中衛タイプで、レテが体力と速さ自慢の前衛タイプと、とても相性が良かった。


「とても良く食うやつでね。いつもオレの飯を隙を見てはかっぱらおうとしていて……どうせタダなんだから、普通におかわり貰えばいいのにさ。わざわざオレの皿からオレの好物ばかり取っていくんすよ。一人っ子だったから、こういうのをやってみたかったんだって。笑って……」


 そんなん最悪なアニキじゃないっすか、と苦笑するアキラの感想には、ゼータも同意するけれど。それを聞くフェイの感想は違うらしい。


「いいですね! おれも先輩のご飯を奪っていいですか?」

「……ねぇ、フェイくん。今、けっこうセンチメンタルな話をしていたつもりなんだけど」


 空気を読まなすぎるフェイの返しに、さすがのアキラも呆れたらしい。それでもかなり優しい返答だが……フェイには十分伝わったようだ。


「あ……すみません。理想的なチームメイトの話じゃなかったんですね……」


 また記録し直さなきゃ、としょぼくれるボサボサな赤毛を、ゼータはぼすんと潰す。その顔は「くくっ」と笑っていた。


「いいぞ、アキラの飯から食って良し! 狙い目は唐揚げ。こいつの好物だからな」

「あ~、ずるいっすよ副長! フェイくん、副長の皿からはヤングコーン取るといいっすよ! サラダに入ってるやつ。副長大好物なんすよ。ほんと可愛いっすよね」

「なっ、ヤングコーンを馬鹿にするなよ⁉ 普通のコーンに比べてヘルシーなんだからな!」

「ヘルシーとか、女の子じゃあるまいし!」


 ほんとかわいい~、と。それこそ女子のように言ってくるアキラの頭を「お前こそ生意気でかわいいな~」と痛がるくらい強く撫でてやって。

 まぁ、雑談はこのくらいにして――と、ゼータは足を止める。


「さっきの“荷物”を見て、どう思った?」

「……マルチに富んだ品だなぁ、と」


 その回答に、ゼータはまた吹き出す。機械なりに、色々考えた結果の答えだったのだろう。とてもズレた回答ではあるが、彼なりの気遣いが透けて見えて……嫌いじゃあない。


「お前、そういった返答は始めからインプットされてたのか?」

「いえ、入職するまでの五年間で学びました。知識試験の知識はあっという間にインプットできたのですが、そもそも試験を受けられるようになるまでが難しくて。街で暮らす人や働く人の情報を延々にインプットして、そこから『理想的な新入社員像』を演算、構築したのが、今のおれになります」

「今はその『理想的な新入社員像』とやらはどうでもいい。お前の言葉で話せ――なぜ、機械のお前が〈運び屋スカルペ〉になりたいんだ?」


 フェイの後ろで、アキラがニヤニヤしているのが見えた。

 ……クソ、やりにくい。だけど今後チームを組むなら、決意を聞いておいて損はないはずだ。


「……おれは、〈失敗作フェイリア〉だから。おれには信号で笑うことはできますが、『涙を流す』という行為ができません。そもそも悲しみ、というものがわからなければ、幸せというものが何なのかもわかりません。数字で表せない“感情”というものが、理解できないんです」


 機械人形オートマトンは語る。

 機械が演算回路に抱いたという、感情の色を。


「だけどおれは、たしかにあの時“幸せ”を感じだんです。あの研究所から、助け出してもらえた時――本当に幸運が訪れたと、神様に感謝するという気持ちが理解できるくらいに」


 ゼータはその時に彼を助けた〈運び屋スカルペ〉などではない。これでも、無理はしないタイプである。そんな怪しげな研究所など、よほどの金を積まれない限り足を踏み入れないし、仲間にも踏み入れさせない。踏み入れたとしても、そういう場所は最低限の用だけ済ませて、早急に立ち去るべきだ。


「だから、おれは〈運び屋スカルペ〉になりたいです。あの時おれを助けてくれた、あの人のように……そして、あのひとへあの時のツケを返したい。おれの〈しあわせ〉な姿を、見せたいんです!」


 そして、健気な見習いは深々と頭を下げた。


「おれは〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉で働きたい! 働かせてくださいっ‼」

 

 そんなリスク管理ができる大人ならば、こんな機械人形オートマトンなど切り捨てるべきだ。人員が……足りているわけではないが、それでも求人をかければ募集はやまほどやってくる。ただ採用を絞っているのは、すぐに死なれてはさすがに善意が咎めるため。だとしても、機械を食べるモンスター退治の運び屋で、機械を雇う? 明らかに無謀が目に見えているだろう。採用は見送るべきだ。


 それでも、機械が憧れるほどの光を見せる存在に、ひとつだけ心当たりのあるゼータは――やっぱり厄介な見習いを切り捨てることはできなかった。


「俺らが運ぶのはそんな可愛い物ばかりとは限らん。今日みたく、ひとを悲しませる物を運ぶ時もあれば、ひとを不幸にする物を運ぶ時もある。それこそ数百人を殺す毒物を運ぶことも……それでも、お前は贔屓せずに、それこそ機械のように職務を全うできるのか?」

「それでもおれは入職したいです。〈運び屋スカルペ〉になって――多くの人にしあわせを届けたいですから!」


 砂漠の中で彼が即座に導き出した眩しい解答に、ゼータは小さく嘆息した。


「うちは退職金もない。労災もなければ、お前が死んだからって一切何もやらん。死んだら終わりだ。死んだ後のことを考えるやつは、うちには要らん。毎日楽しく喋って、笑って食って、クソして寝ろ。それ以外の時間はとことん働け。お前の人生を靴になる。常に誰かの足代わりだ。そこにお前の人権はない――代わりに、金なら欲しいがままにくれてやる! わかったか‼」


 一気に捲し立てた、クソほどろくでもない社風に、


「はいっ!」


 と、機械人形オートマトンは元気よく返事をするから。


 ゼータは「よし!」と受諾してから踵を返す。頭の中では歓迎会のメニューを考えながら……もうひとつ疑問が生じていた。


 こいつは金を貰ったとて、一体何に使うのだろう?


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