第4話「童貞を新歓したければ女子で釣ればいい」
「新入生くん、今ちょっと時間ある?」
声をかけてきたのは天城さんだった。
この一言の誘いはいかにも逆ナンの匂いを醸し出しているが、彼女は全く下心を持って発してないのは、二年も一緒に活動してきたので分かる。
「あま…いや、はい。ちょうどこの後どこ見てまわろうかなと考えていたところで」
「よしきた!じゃ、あたしたちのブースまで案内するね!」
そういって彼女は笑みを浮かべ、僕をサークルのブースまで先導する。
相変わらず、何のサークルかも伝えていないのに連れていこうとするこのアバウトさ加減は配慮に欠けてはいないか。
確か、一周目に誘いを受けたときは「え…あっ、はい。好きにしてください」と挙動不審にアワアワと誘いに応じたような気がする。彼女は後日談で「あの時、あっきー(僕の愛称である)に声かけて、あ、ヤバイ奴に声かけちゃったかも…。とか思っちゃってさ。だって『好きにしてください』だよ?笑っちゃうよね」とやや嘲笑気味な回想をしていたのを思い出し、まともな受け答えを意識した。
今の僕は二年も共にしてきたという蓄積があるので、天城さんとの会話など容易い。
しかし、あの時の僕からすると、中学高校ともにいわゆるオタク君と青春ライフを過ごして碌に女子と絡んだことがなかったのに、入学早々タートルニットによって強調された胸をつけた妖艶な女性に話しかけられたら、もう会話以前に悩殺ものだ。
茶髪ショートで可愛いというよりは美人、目鼻立ちがしっかりしていて見た目は大人っぽい容姿をしている。
そういうわけで仙田はもちろんのこと、同じ学部の男からよく告白を受けていたらしいが、誰かに片思いでもしているのだろうか、全てお断りの返事で男どもを切り捨てていったという。
女性としての魅力は蓬川さんと並ぶぐらいではあったが、僕にとって彼女は頼れる姉御キャラというか、姉のような存在だった。
「そういえば、新入生くんは何学部なの?」
思考を巡らせて黙ってついてきている僕に天城さんは話しかけた。
「僕は経済学部です。でも経済のことは一切分かりませんし分からなくても良いかなと思っています」
「ははっ、一緒だね!あたしも経済学部なんだけど、とりあえずメジャーだから入ったって感じなんだよね。講義で受けた内容もテストが終わっちゃえばすぐ抜けちゃってクルクルパーだよ!」
「えぇ…。先輩には僕に過去問を渡して教えるという役目があるんですから、しっかりしてもらわないとだめですよ」
「おー、もう頼るつもりなのかい?そしたらまずはあたしのサークルに入部してもらわないとね」
この会話は、新歓の際に新入生と上級生が話すテンプレの一つである。
初対面だから何を話せばいいか分からないものなので、上級生は新入生にとりあえず質問攻めをする。
そして、今回のように共通項が見つかれば、その話を掘り下げ展開させていくお決まりの流れなのである。
しかし、天城さんはそれを無視した展開へと話を勝手に進める。
「あ、見てアレ!フードファイトサークルだよ!」
彼女の指さす方には、そのサークル員たちが、自前で用意したらしい料理群に囲まれて必死になってそれらを貪っていた。
あまりのエンターテイメントぶりに新入生はもちろんのこと、上級生たちですら新歓をすることを忘れてそのブースに見入っていた。
彼女は、アドリブ力というか、思いついたことをペラペラ喋るので話題に事欠かない。
あまり話すことが得意ではない僕にとっては話し相手として好都合であった。
「先輩は入らないんですか?」
僕は天城さんをからかうことにした。
「!?いやいやいや、入るわけないよ!いや、いっぱい食べることは好きだけど、ほら食事って腹八分目が良いって言うじゃない?フードファイトってもう何ていうか苦行じゃない?」
天城さんは虚をつかれて手をぶんぶん横に振って否定した。
「先輩はもう食べ盛りを通り越して体型を気にしなきゃいけない年頃ですもんね」
つい前の関係性の温度感で呟いてしまった。
すると天城さんは頬を膨らませ、僕の手を掴んでグイっと顔を近づけてきた。
「こら!新入生くんのくせに生意気だよ!あとこれでもレディなんだから気遣いなさい!」
天城さんは僕をめっ!と叱りつける。
慣れているとはいえ、天城さんの綺麗な顔を目の前で味わうとドキッとしてしまう。
顔と顔の間の距離、10㎝程度だった。
彼女からフワッと柔軟剤の良い香りがして、強引に女性として意識させようとしているようだった。
こんなの一周目の僕のマニュアルにはなかったぞ。
目を逸らそうと下に向けるが、その先には彼女の豊満な胸があった。
ニットというものは、どうしてこうも女性を性的な存在へと仕立て上げるのか。
そう、エッチだ。今、前に手をやれば、この曲線美を僕の身体に焼き付けられる。
――ただし、非人道的な行為の目的で使われた場合は、阿合さんの頭が爆発することになっています
…ダメだ。これは性消費的な観点で大問題である。危うく僕の頭が爆発するところだった。
「あ…。す、すみません」
目のやり場に困った僕は、顔を横にしてやり過ごすことにした。
それを見て天城さんはいたずらっぽく笑って僕の顔をさらに覗いてくる。
「ふふっ。生意気っぽい態度を取ってたわりに照れちゃって、可愛いところあるじゃない」
「調子に乗りました…だから勘弁してくださいよ」
「何をそんなに慌てているの?まるでリンゴみたいに顔を真っ赤にしちゃって」
横に顔を向けた僕は、すらりとした細い指の割に暖かみを感じさせる両手によって頬を触れられ、強引に彼女の方へと向けさせられる。
「うわ、あ、まぎさん」
「めっちゃ顔熱いじゃん!どうしたの、熱でもある?」
彼女は僕に心配そうな眼差しを向けた。
これ以上は流石にやばい。
「も、もう大丈夫ですから!」
僕は必死に彼女の手を払い「さ、案内してください」と催促した。
天城さんは、キョトンとしていたが「熱がなさそうなら良かった」と言ってブースまで案内し始めた。
二周目の僕も、マイペースな彼女に翻弄されていた。
忘れていたが、僕は非リア陰キャ童貞君だ。
大学生活を一周経ただけで彼女を手玉にとってやれるようなコミュ力は持ち合わせていなかった。
そして、このやり取りは一周目の頃の関係性を思い出させてくれるものであった。
天城さんに軽口をたたいて、何らかの形で報復を受ける。
いつもなら、授業ノートを見せてやらないだとか、僕の好きな相手を本人にバラしてしまうだとかで姑息な手口で負かされるのだが、今回は色気によって制された。
でもこれは、マイペースな天城さんだからこそ変わらない受け答えなのだろう。
そして、この天城さんは二年生になるわけで、実際のところ一周した僕より一つ下ということになる。
そう考えると、精神年齢は僕の方が上なのに、どうして僕が負かされるのだろうか。
これが、陽キャと陰キャの差という奴か。僕は陰キャだから、慣れてないことは仕方ない。
そう今回の敗因を結論付けて、彼女についていった。
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