第29話「食事デートでは食べる速度を気にしなければいけないらしい」
オムライス店内はショッピングモールとの雰囲気とは打って変わって、橙色の照明によって仄暗い空間が生み出されており落ち着いたムードを味わえた。カップルや女性同士の二人組の客が何組か入っていたが、コアタイムというわけではなく満席状態ではなかったので待たずに入ることができた。
僕達は二人組の席に座り、その店で定番オムライスを注文することにした。
そのオムライスは、ケチャップライスの上にオムレツが上に乗っており、オムレツの真ん中を切り分けることでオムライスへと変わるというお洒落な女子から受けそうなものであった。
僕はこのようなお洒落な料理とは縁がない生活を送っており、外出して食事するとなれば次郎系ラーメン、あるいは牛丼チェーンに行き貪り食っていたので、オムライスを味わう前に場違い感を味わっていた。
天城さんと来なかったらきっと一人で挙動不審を一層極めていたことであろう。
しばらくすると件のオムライスが出された。
「わー!きたよきたよ!ちゃんと上にオムレツが乗ってるよ!」
天城さんはオムライスを見て子どもみたくはしゃいだ。
そして、オムレツが乗った状態のオムライスを写真に撮ると、今度はオムレツをフォークで切り分けオムライスの様相へと変えて更にもう一枚写真に収めた。
僕もせっかくだから天城さんの真似をして写真を撮っておいた。写真をSNSに晒したり見返したりする習慣はないのだが、写真を撮ること自体がマナーであるかのように感じたのだ。
オムレツにフォークを落とすと柔らかい感触を堪能でき、綺麗に丸みを帯びたオムレツからマグマのようにケチャップライスに中の卵が漏れだしていった。それが僕にとって新鮮に感じた。
まじまじとその光景を見つめていると、前からシャッター音が鳴ったので顔を上げると天城さんが僕の方にカメラを向けていた。
「む、なんですか?」
「ははっ、いや、オムライスに夢中なあっきーが面白くてさ」
「僕は陰キャなのです。このような高尚な店に来ることなんかないので仕方ないじゃないですか」
「またよく分からないこと言って…。とりあえずオムライスを食べようよ」
天城さんにあやされ、僕は卵とケチャップライスをスプーンに乗せて口に入れた。
これは他では味わえぬ至高の味…というわけではなく普通のオムライスであった。
しかし、ここで「味は普通なんですね」と無粋なことなど言えば場は凍り付くだろうと思い、いかにも美味しそうに味わうことにした。
天城さんの方を見ると、オムライスを口に含む度に「んー!美味しい」などと言い、顔を綻ばせてその味を堪能していた。ひょっとすれば僕はこういった店に行き慣れていないがために味音痴なだけなのかもしれない。
僕はどこかの記事で読んだ「デートでの食事のときは女性の食べるスピードに合わせるべし」というマナーを思い出し、天城さんの食べる速度に合わせるように意識した。
そして二人同時に食べ終わった後、店がそこまで混んでいないようなので少し休憩していくことにした。
「そういえば『ケチャップ大騒動』を見た後にオムライスって、伏線回収ですね」
「あ、ほんとだね! 全く意識してなかったけどケチャップじゃん!」
「まあ僕達の場合はケチャップじゃなく仙田によって軽く振り回されたわけですが」
「ははっ、仙田くんは本当に面白い子だよね」
「天城さんは仙田に告白されてましたけど、やっぱり無理でした?」
「無理っていうか、仙田くんのことあんまり知らなかったし。それに花見の一件があるしね」
「仙田から天城さん告白大作戦について相談されたときは困りましたよ。えらく分厚い仙田徹底解剖図鑑ってのを貰ったりして、それを見て仙田を勉強して天城さんにアピールしろとか言ってたんですよ」
「仙田徹底解剖図鑑? 何それ?めちゃくちゃ面白そうじゃん」
思いのほか、天城さんは仙田の自伝に興味を示した。
「愚にもつかない拙ない図鑑ですよ。でもあの熱量は本物ですね」
「あたしも見たい!今度見せてよ!」
「良いですよ、また部室に置いておきますね」
こうして僕は天城さんに(仙田の許可なしで)貸すこととなった。
仙田は次の女性にアタックをしかけているので問題ないだろう。
会話が一通り終わったかと思って切り上げようかと考えていると、天城さんは何気なく言う。
「あっきーの気になっている人ってさ、どんな人?」
「ぶはっ! いきなりどうしたんですか」
思いがけない発言に僕は変な声まで出して面食らってしまった。
天城さんは僕の反応に少し顔を赤らめ続けて言う。
「前の飲み会で『女の子している子』とか言ってたけど、他に何か特徴ないの?」
「他に特徴って…言えません」
「じゃあさじゃあさ!年上か年下か、同い年か、とかでも良いよ!」
「特定しにかかってませんか?」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「言えません」
「むー!ケチ!!」
無駄な押し問答を続け、一向に譲歩しない僕を見て天城さんは頬を膨らませ拗ねる。
そして、天城さんは上目遣いでこちらを見つめて口を開く。
「じ、じゃあさ、何で今日あたしのこと誘ったの?」
僕は一瞬当惑したが、行きがけに披露した口実を再び言うことにした。
「そ、それは、こんなB級映画なんて天城さんしか一緒に観に来てくれなさそうであって…」
しかし、それはすぐに天城さんに反論される。
「それこそ仙田くんとかでも良かったわけじゃない?仙田くんってあーいうよく分からないの好きそうだし」
それは仙田に対して失礼ではないか、と思ったが全くもって僕も同意見である。
もうこれは観念するしかないのか。
しかし、流石にこのタイミングで「あなたのことが好きだから」などと言えるほどの肝はない。
天城さんから目を逸らして小さな声で言う。
「…かったから…」
「え?」
僕は顔を赤らめさせ、再び口に出す。
「…天城さんと遊びたかった、からです…言わせないでください」
その言葉を言い切り、天城さんの方に目をやると、彼女は顔どころか耳まで赤みを帯びていった。
天城さんのいつもは見せないその動揺っぷりが愛おしく思えた。
「そ、そうなんだ…。そうなんだ!そっか…。その…嬉しいかも」
天城さんは僕にこの言葉を言わせたかったのであろうが、心の準備ができていなかったようで、気を紛らわせようと自分の口を拭いた紙ナプキンを折り始めた。
「も、もうそろそろ出ましょう!」
「そ、そうだね!」
僕達はこの空間に耐え切れなくなり、その場を離れることにした。
さっさと会計を済ませて店から出る。
ショッピングモール内を徘徊している内にようやくお互いに落ち着くことができた。
天城さんは改まって僕の方を向いて言う。
「今日は楽しかった、ありがとう!」
そう言った天城さんの笑顔によって、僕は今日の勇気あるアプローチが報われた心地がした。
「…でも、今度は恋愛映画誘ってほしいかな…」
「…え?何か言いました?」
「…ううん、何もない!帰ろっか!」
彼女はボソッと何かを言った気がしたが、執拗に聞き返すことはせず帰路につくのであった。
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