第16話「子どもたちの淡い恋の行方」

「わ、私…面白くない!光哉が全部いちゃもんつけるんだもん!」


 ついに我慢できなくなった香織ちゃんは目に溜め込んだ涙を溢れ出させた。


「か、香織ちゃん…!」


 僕は、こういうときの和ませ方を心得ておらず、戸惑うことしかできなかった。


 香織ちゃんがワンワンと泣く様子を見て、光哉くんも困った顔をする。


「光哉くん、あのね」


 天城さんは光哉くんの目をしっかり見て言う。


「ぼ、僕悪いことしてないし…」


 光哉くんは怒られるのではないかと縮こまる。


 しかし、天城さんは怒鳴るでもなく、優しく話す。


「何で香織ちゃんが泣いているか分かる?」


「そんなの、分からないよ」


「じゃあ、例えばだよ。光哉くんがこのゲームで自分のターンが来るとするよね?」


「う、うん」


「自分のターンになったら、光哉くんがお話を考えて皆に披露するでしょ?」


「うん」


「それを他の人につまんないとか言われたら、どう思う?」


「それは嫌だよ」


「そう、一生懸命考えたお話を否定されるんだから嫌だよね。それを光哉くんは香織ちゃんにしちゃったんだよ」


「で、でも、別に面白くないとか言ったわけじゃないし…」


「それでもね、自分の番で自分が話したストーリーを他の人が考えたお話で上書きしちゃったら、それって、自分のお話がなくなっちゃうことになるよね」


「そ、それは…」


「せっかく考えたお話を丸々変えられちゃったら嫌でしょ?」


「うん…」


「分かったかな?別に悪気があってやったことじゃないと思ってるよ。でも、相手の気持ちに立って考えてみたときに、それが嫌な気持ちにさせることだったらやめた方が良いと思うんだ」


 天城さんは、段階的に分かりやすく諭す。


 光哉くんも最初は身構えていたが、天城さんの話を聞いていく中で自分に非があったと反省した。


 そんな光哉くんであったが、少し後ろめたそうに口を開く。


「ごめんなさい。じ、実は…」


「ん、どうしたの?」


「こ、ここでは言いづらいから、ちょっとお姉ちゃんたちだけ、いいかな?」


 光哉くんはモジモジしている。香織ちゃんには言えない話があるようだ。


「ちょっとだけ離れるけど、香織ちゃん大丈夫?」


 天城さんが香織ちゃんに訊ねると、小さく頷いたので僕たちは少し離れた場所で光哉くんの話を聞くことにした。


 光哉くんは恥ずかしそうにしながらも話し始める。


「実は、最近になってからカオリとどう接したらいいかわからないんだ」


「え、どうしてよ。仲が良いんじゃないの」


「そうだよ。でも、学校で前みたいにカオリと話してたら他の男子たちにちょっかいかけられて…。それが嫌で最近はカオリとあまり遊ばなくなったんだけど、遊ばなくなったらどう接すれば良いか分からなくて…。仲良くしたいんだけど、どうしても接しづらくて」


 小学高学年になり、彼らも思春期に突入しようとしているわけだ。


 光哉くんが異常であるわけではなく、小学生特有の奴で好きな相手をからかってしまうとかそういう類のものだろう。


「光哉くん、香織ちゃんのことが好きなんでしょ」


 天城さんはストレートに問いかけた。


 彼女の言葉に光哉くんは敏感に反応して慌てる。


「!?べ、別に好きってわけじゃないよ!家が近いから遊ぶのに都合が良いってだけだよ!ただ、カオリと話すのが恥ずかしいって言うか…」


「まあまあ光哉くん、あたしたちは秘密にするから安心したまえ。幼なじみの恋って良いじゃん!」


「もう違うったら!」


 天城さんは光哉くんを一通りからかうと、彼の目線に合うように屈んで目を捉える。


「話がそれちゃったけど、素直な気持ちで接したら良いんじゃないかな。それに、周りの目は気にしないで良いと思うよ、って言ってもそれができたら苦労しないんだけど。でも、今は君たち二人しかいないわけでしょ。だったら、そのときだけでも良いから周りの目なんて気にせずに遊んじゃいなよ。それに、香織ちゃんも光哉くんと前みたいに遊びたいって言ってたよ」


「え、そうなの?」


「そうそう、さっきご飯一緒に食べてたときに光哉くんの話をしててね、最近光哉がそっけないけど前みたいにいっぱいゲームしたい、って言ってたよ」


「そ、そうなんだ」


 光哉くんは、香織ちゃんが自分を求めていると聞いて嬉しそうだ。


「でも!相手が嫌がることはしちゃダメ!積極的に関わろうとした結果がアレだと思うんだけど、まずは相手の気持ちに自分が立ってみる!」


「は、はい!」


「よし!まずさっきのことは謝ろう。それから明日か明後日遊ぶ約束をしなさい」


「え、ええ!?」


 天城さんから無茶ぶりをされて光哉くんは虚を突かれた。


「恥ずかしいって気持ちは回数を経るごとになくなっていくと思うんだ。だからまずは形から入りなさい」


「わ、分かったよ…」


 彼女から半分恋愛指南を受けた光哉くんは狼狽えながらも、しっかりと頷いた。


 そして、僕たちは香織ちゃんのもとへと戻る。


 涙を流していた香織ちゃんは大分落ち着いたようだ。


 光哉くんははにかみながらも、座っている香織ちゃんの前に立って言葉を発する。


「カオリ、さっきはごめん。お前の気持ちを考えてあげれてなかったよ」


 照れながらもしっかりと謝った光哉くんを見て、香織ちゃんもモジモジしながら返す。


「いいよ…」


 そして、光哉くんは言おうか迷っていたが、決心して天城さんの助言を実行に移す。


「そ、それでさ…その…明日とか、久しぶりに遊ばない?」


 光哉くんの言葉を聞いて香織ちゃんは先程までの陰鬱な気持ちはどこへ行ったのか、途端にパアアと嬉しそうな表情に変わる。


「ほ、ほんと!?うんうんいいよ!遊ぼ!最近新しいゲーム買ったんだ!超魔〇村って言ってね、めちゃんこ難しいゲームなんだ」


「それ聞いたことある!僕やってみたかったんだ!」


 光哉くんも香織ちゃんの反応を見て緊張が解れたのか、遊ぶことにすっかり乗り気になっていた。


「いやチョイスよ」


 超魔〇村と聞き、明日光哉くんたちはボキボキに心を折られるんだなと思った。


 ともかく、僕と天城さんは子どもたちの恋路を見て心をほっこりとさせるのであった。

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