第42話 白と黒 〚50分 10,000円 〛
日本の人魚では八百比丘尼伝説というのが各地に広まっている。
八百比丘尼伝説とは、人魚の肉を食べた八百比丘尼という娘が何百年も生きた話で、人魚の肉を食べれば不老不死でいられるという、人肉をも食べるとされるサタニスト達がいかにも好きそうな話だ。
もし、それを意味してあの看板を撮影したのだとしたら、奴らの地下拠点地はどこだ?
愛知県か、群馬県か、福井県か、それとも沖縄か――
そういえば。
滋岡道中は秘占術も駆使して行方不明者の捜索もすると、彼のオフィシャルサイトにあった。
俺はそのリンクをクリックした。
「あら、千尋、今日は早いのね」
いつもより早く起きた朝、俺は何食わぬ顔で弁当をリュックに入れて学校に行く素振りを見せた。
「朝練に行くから」
「もうすぐ夏休みで好きなだけ部活できるのに熱心ねぇ」
母さんが感心して俺にみそ汁をよそおう。
父さんはまだ寝てるみたいだった。
「じゃ、行ってきます」
みそ汁を二口だけ啜って玄関に向かう。
俺の背中に何か言っている母さんの声に振り向くことなく、家を出た。
自転車を漕ぎながら高揚感に目眩がしそうだった。
こんなに緊張したの生まれて初めてかもしれない。
今日の十時。
俺は、新宿にある滋岡道中のオフィスで会う約束を取り付けたのだった。
★★【現代の陰陽師 滋岡道中 オフィシャルサイト】★★
祖父が神職。物心ついた時から霊感があり、祓いの術を早くから習得。先人の陰陽道を二十代で承継する。
数々のテレビ番組で悪霊祓いや、九星気学、四柱推命、五柱推命等あらゆる占いによって悩みを解決し、お茶の間の話題に。
個人鑑定、法人鑑定、メディア取材全て完全予約制です。
オンライン、電話による予約申し込みは一週間後までとさせていただきます。
料金 50分 10,000円
★★★★
人気陰陽師である滋岡と高校生の俺が、こうして直ぐに会う事ができるのは、けして高額な鑑定料を積んだからじゃないし、勿論、前世の話をしたからでもない。
全ては山城が描いてくれた、九年前の遺棄事件の犯人似顔絵のお陰だった。
HPにはメッセージを送る機能はなかったから、本来は鑑定の予約や結果報告に利用する月額300円のメール会員になり、【マンション遺体遺棄事件の犯人について】と表題をつけ、あの似顔絵を添付して滋岡にメッセージを送ったのだ。
陰陽師といっても、芸能人みたいなものだろう。事務所の人間を通して本人が見るのはまだ先だと思っていたら、メールを送って一時間もしない内に返信が来たのだった。
「十時に予約していた橋本です」
受付女性に声をかけると、目を見開いて、「橋本 千尋様ですね、お待ちの間に記入をお願いします」と、俺に用紙を渡した。
インカムで滋岡を呼んでいる間、カウンターで必要事項を書いていく。
名前、フリガナ、生年月日、住所、電話番号、相談内容。
記入を終え女性に手渡すと、「本当に高校生なんですね」と長い睫毛を瞬きで揺らしていた。
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