第4話
――声が聞こえる。
『何ということだ!王族の血族から
『不吉だ!伝承によれば、かつて生まれた
『恐ろしい!……魔へ落ちる前にこの世から消さねば!』
『……我らが銀姫を誑かした黒髪のハンター崩れこそが『魔』だったのだ!』
『何ということだ!我らが至宝を汚すとは!死をもって償わせねば!』
――これは……いったい……何だ!?
『……ごめんなさい……貴方を生かすにはこれしかないの……』
『ミレティ様……』
『クレア……お願い……この子をどうか守って欲しいの……』
『……ミレティ様……どうなさるおつもりですか?』
『……追っ手を迎え撃ちます。』
『ッ!?であれば私が――』
『クレア……貴方……
『……それは……』
『……あなたも逃げるの……この子は、貴方になら任せられる……だから……』
『ミレティ様……』
『クレア……私の愛しい義妹……この子が15歳になる日まで……守ってあげて……』
――これは……知らない。こんなことは……知らない。
『僕が『選抜試験』を受けていいの……かな……』
『……アドラ王国で15歳になる者は、貴族平民問わず『選抜試験』に臨む義務がございます。』
『……基本の武技の型しかできないけれど……大丈夫かな……』
『……ルイ様……いいですか。皆、最初は武技を使いこなせない状態から始まります。』
『……そう……なの?』
『もちろんです。ルイ様はルイ様が出来る最大限のことをすればいいのです。』
『……もし『選抜試験』で認められたら……母上にも会えるようになるかな。』
『……もちろんです。』
『そっか……じゃあ、僕、頑張るね!』
――これはこの
――妙に生々しいな……。
と、ふと考えた瞬間、凄まじい衝撃が身体を襲う。
――そして意識が一瞬、暗転した。
「ッ!?……何が……」
一瞬の暗転の後、目の前で巨大な燃え盛る大剣と深碧の光の刃が鍔迫り合いをしている。
柄を中心に左右へ3メートル幅の深碧の光が羽根のように広がっている。
燃え広がる炎を遮断しているようだ。
「これは……盾か?」
と、アラーム音と共に赤いポップアップメッセージが表示される。
『警告: 攻撃に使われた
『警告: 相殺しきれない衝撃負荷による右膝部損傷に伴い回避運動が60%低下します。』
『警告: 回避能力が規定値を下回りました。』
『警告:
『警告: HP残量が50%を切りました。』
『警告: MP残量が50%を切りました。』
『警告:
『警告:
『警告:
ステータスを表示させると、Activity Value(活動値)の右横に赤で残量が表示されている。ステータス上部に『活動限界(残)』の数値が残り90秒となっていた。
■ルイ=ラ=ソーン
[
[Activity Value(活動値)]
HP(体力):E (E+ :
MP(魔力):E (D- :
PP(気力):E (E+ :
[Ability Value(能力値)]
ATK(筋力) :E (D-:
VIT(耐久力) :E (E+:
AGI(器用) :E (D-:
DEX(速度) :E (D-:
LUC(幸運) :E (E-:
鍔迫り合いを押し戻そうと踏ん張った時、右膝を強烈な激痛が襲う。
「……も、もしかして……『ペインアブソーバー』が……無効!?」
まさかの事態に、さぁーと血の気が引いていく。
『ペインアブソーバー』――リアリティを追求したVRMMOで実際に受けたダメージを『痛み』として直接生身の身体にフィードバックする仕組みを調整する機能だ。
VRMMOが流行り始めた当初、一部のプレイし甲斐の無いユーザーからの強い要望で実装された際、プレイヤー側で任意に解除できる機能と併せて実装された。
一部の悪意あるレッドプレイヤーがターゲットとしたプレイヤーを騙して『ペインアブソーバー』を解除させた状態でPKを行った事件があった。ターゲットとされたプレイヤーは、精神に障害が残るほどの被害を被った。
その事件以来、プレイヤー側で任意に解除できないよう運営側で『ペインアブソーバー』を制御するようになっている。
「……で、でもダイブする前の設定は『有効』だったはず……」
『アガルタ・オンライン』の『VRMMO Mode』をテストプレイする際に、事前に確認した設定を思い出しながらも、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
◆◇◆◇
「メセテット卿はこちらに判断を委ねたか……いや……」
テフェンが視線だけを観客席の一角へ向けるのにつられ視線を動かす。
琥珀色のプレートメイルに白いマントを羽織り、琥珀色の大弓を持つ騎士が視界に入る。
「メセテット卿……確か『陸の勇者』……」
共有されたルイの記憶からメセテットのことを思い出し独り言ちる。
――『壱の勇者』と『陸の勇者』が二人同時に搭乗するシナリオとか……無理ゲーか。
内心毒づきながらも右膝の痛みを和らげようとゆっくりと深呼吸をする。
「待たれよ、メセテット卿!この者の対応に卿の介入は不要であろう!」
鍔迫り合いをしながら、テフェンが少し慌てたようにメセテットへ向けて声を張る。
「……テフェン卿……油断はなりません。
少し顔をしかめながらも、メセテットはテフェンに穏やかに応じる。
琥珀色の大弓を引くと琥珀色の鎧が輝き、白い光の矢が弓に番えられると琥珀色の矢に変わる。
「
『壱の勇者』と『陸の勇者』の会話から聞こえてきた言葉を思わずを呟く。
と、赤い正方形のターゲティング・ウィンドウが表示され、琥珀色の騎士を囲む。
『警告: ターゲティングされました』
『警告: 脅威レベル8と推定』
『警告: 回避行動が必要です』
『警告: 回避能力が50%以下のため、
「……くっ!?遠隔攻撃に対抗なんて……」
思わず呟くと、ポップアップメッセージが表示される。
『遠隔攻撃への対抗手段は、遠隔射撃による相殺攻撃となります』
『遠隔射撃を行う場合、
「
『
「……『Yes』で」
続けて鍔迫り合いをしていた炎の大剣を跳ね上げると同時に後ろへ飛ぶ。
羽根のように広がっていた翡翠色の光が弾け鱗粉のように舞う。
鍔迫り合いを外されたテフェンが追いすがろうとする。
翡翠色の光の鱗粉に触れた瞬間、大剣の炎が弾ける。
「ッ!?……何だと!?」
脚が止まったテフェンからさらに距離を取る。
柄を中心に左右へ分かれた直剣の刃のうち、右側の刃が柄を中心点にして時計回りに移動する。深碧の光が刃に沿って広がる。
「「!?」」
テフェンが両目を見開き驚くのとメセテットが番えた矢を放ったのは同時だった。
刃に沿って広がる深碧の光が増し、琥珀色の矢を受け止めるも衝撃で吹き飛ばされる。背中を石畳へしたたかに打ち付け、反動でむせかえる。
『警告:
『警告:
『警告: 相殺できなかった分がダメージとなります。』
『警告: HP残量が20%を切りました。』
『警告:
『警告:
見ると、ステータス上部の制限時間を示す箇所が赤で点滅している。
■ルイ=ラ=ソーン
[
[Activity Value(活動値)]
HP(体力):E (E+ :
MP(魔力):E (D- :
PP(気力):E (E+ :
[Ability Value(能力値)]
ATK(筋力) :E (D-:
VIT(耐久力) :E (E+:
AGI(器用) :E (D-:
DEX(速度) :E (D-:
LUC(幸運) :E (E-:
右膝の痛みに加え背中を石畳へしたたかに打ちたたきつけられた痛みで意識が飛びそうになる。
『警告: ターゲティングされました』
『
逡巡している間に、ポップアップが消える。
あ……やばいこれ以上攻撃をうけたら……死ぬ?
走馬灯のようにこれまでの出来事が脳裏を過ぎ、加奈と最後に交わした言葉が、唐突に頭の中に響く。
『あー……また、逢えますようにっていうおまじない……したいなって……』
『おまじないって……』
『えへへ……フレンチじゃなくて、ディープキスでした……またね……バイバイ』
『……うん……また……明日……』
「……加奈……」
「……まだ……まだ、俺は死ねないんだ!」
再度、ポップアップメッセージが表示される。
『警告: ターゲティングされました』
『
消えたらまた表示されるかもしれないけど……一瞬、逡巡したものの意を決する。
「……『Yes』で」
次の瞬間、石畳へ仰向けになったまま、弓状に変形した
と、視界の端でメセテットが慌てて番えた琥珀に輝く矢を連射して放つ。
弓状に変形した
間近で琥珀に輝く矢と深碧に輝く矢がぶつかる。
ドン! ドン! ドン!
凄まじい衝撃に身を竦める。
「あっ!」
カラン、カラン、カラン
『警告:
『警告:
深碧の光が消え、
『警告:
『警告:
『警告:
ルイの瞳の色が元の色に戻る。
「……
「……」
渋面になりながらも、テフェンはメセテットを見やり、口を開こうとする。
「テフェン卿!今回の選抜試験における模擬戦の結果判定をお願いいたします。」
「……
一瞬の後、歓声が沸き上がる。
『テフィン卿だけでなくメセテット卿ともやり合えるなんてすげぇ!』
『奴は
『悔しいが……認めざるをえないのか……』
ぼんやりと他の貴族令息や従者達が掌を返し賞賛を交え騒いでいるのを他人事のように見やる。
「ルイ様!」
クレアが慌てて走り寄る。
石畳にメイド服が汚れるのを気にすることなく膝立ちとなりルイを介抱する。
「お怪我は……いろいろございますね。治療しないといけません!まずは、担架を」
捲し立てるように、慌てながら介抱してくれるメイドの腕を掴む。
びっくりしたように動きを止めた艶やかな栗毛のメイドを見つめる。
長いまつげが、整った鼻筋と控えめな紅色に色づいた可愛らしい唇とともに、少し紅潮した肌に映える。
――何とか死なずに済んだ。
安堵感に口を開こうとしたとき、目の前にポップアップメッセージが表示される。
『警告: 緊急停止のシグナルを、コマンド・コントロールから受信しました。』
『警告: これより『VRMMO Mode』の緊急停止シークエンスを開始します。』
突然、目の前の映像にノイズが走ったかと思うと暗転した。
◆◇◆◇
◇◆◇◆◇
「メセテット卿!!どういうおつもりですか!?」
濃碧眼に怒りの感情を露わにしながら、イリスがメセテットに詰め寄ろうとし、シャロルが間に入る。
「……話が見えませんが」
「
「適切な措置と認識しておりますが」
「適切!?「姫様、はしたないですよ。」」
メセテットの弁に、激高したイリスをマリアンナが窘める。
「で、でも「王族が公衆の面前で取り乱してはなりません。」」
反論するイリスを毅然と、そして静かに窘める。
「‥‥‥わかりました」
渋々とばかりにイリスは貴賓席に腰を下ろす。
その様子を見届け嘆息すると、マリアンナはメセテットに視線を向ける。
「イリス様がご懸念されたことに関しては、筆頭メイドたるわたくしも把握しておきたいと考えております。……改めて、テフィン卿にも確認いたします。」
言葉を切り、躊躇いがちに続ける。
「……メセテット卿の御振る舞いについても、ご教示いただきたいことがあります。よろしいですか?」
「なんなりと」
毅然とした佇まいで、黒真珠のような瞳に見据えられるも動じないメセテットに、マリアンナは形の良い眉を顰める。
「テフィン卿がルイ様相手に、
「端的にいうと、ルイ殿が
「
一瞬、強ばった表情のシャロンを見やった後、メセテットに視線を戻す。
「左様。武技の訓練と共に最低限の魔力制御が行えるようになった後、発現を促すものなのです。とはいえ、
「……お話をお伺いしていると、まるでルイ様が最低限の魔力制御が行えない状態で
困惑した表情を浮かべるマリアンナにメセテットは頷く。
「最低限の魔力制御すら行えない状態で
淡々と語るメセテットの言葉に、イリスやマリアンナは息を呑む。
「此度は、ルイ殿が選抜試験の中で
「そのための対処だったと」
マリアンナは神妙な表情でメセテットに問いかける。
「左様でございます。とはいえ、ルイ殿の場合は些か事情がありそうですが。」
「……事情?」
マリアンナは形のいい眉を寄せるも、メセテットは視線を試験会場へ移す。
釣られてマリアンナやイリス、シャロンも視線を試験会場へ移す。
「誰か!!担架をもて、負傷者を医療班と連携するのだ!!」
『壱の勇者』からの指示にメイドに介抱されたルイの周囲では慌ただしく試験官達が動き出していた。
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