02-04 『と或る探偵社の一日』  Side:Asuka

 「えーと、まずは……」


そう呟きながら、僕は目の前に広がる惨状に頭を抱える。机の上にはお菓子の包み紙が溢れ、床には脱ぎ捨てられた靴下が落ちている。

沢山の付箋が貼り付けられたパソコンの側には、オレンジジュースがほんの少しだけ残されたコップが置かれていた。


 「どこから始めたもんかな……」


ふと、誰も居ない部屋の静けさに疑問を感じる。


……ん?そういえば、師匠はどこだろう?


もしかしたら机の裏で寝ているのかな……と、覗き込むために一歩踏み出した瞬間、何か重い物がつま先に当たった。

恐る恐る足元に目線を向けると、そこには少女が、ぬいぐるみをギュッと握りしめ、すやすやと寝息を立てて眠っていた。


 「うわぁ!……ってなんだ、師匠でしたか」


僕の叫び声に反応するように、ぴくっと師匠のまつげが小さく動く。うーんと唸り声をあげながら、師匠がゆっくりと伸びをして起き上がった。


 「やあ、おはよう、飛鳥君」


そう言いながら、師匠がニッコリと微笑む。

その笑顔は、まるで人形のように儚い。


 「おはようございます、師匠」


師匠は、小さな体に反してとても賢い人だ。そこそこ名のしれた名探偵として、数々の難事件を解決してきた。

白い髪に、綺麗な青い目を持った少女の見た目をしているが、本当の年齢は助手として働いている僕も知らない。

彼女が時折見せる、大人びいた表情や口調が、より一層彼女を謎多き人物にしていた。


 「……って、何で床で寝てたんですか?」


数秒間の間を置いて、師匠は苦笑いする。


 「昨日、頭の中を整理しようと思って、部屋をぐるぐる歩き回ってた所までは覚えてるんだが……」


話の続きは聞くまでもなく、僕は大きくため息をつく。


 「何回言ったらちゃんとベッドで寝るんですか、もう。捜査を進めたいという気持ちも分かりますけど、疲れている時こそベッドでちゃんと休息を取るべきなんです。そもそも……」

 「あ!」


お母さんに叱りつけられる子供のように、しょんぼりしていた師匠が突然大声を上げる。


 「10時から依頼主とのミーティングがあるんだった!まずい、急がないと!」


師匠の緊迫した様子に、恐る恐る尋ねてみる。


 「まさかとは思いますけど……、ミーティングの場所って……?」

 「ここです……」


思わず「はぁ?」と声を荒げそうになってしまった。机の上に置かれたデジタル時計は9時40分を示している。


 「じゃ、じゃあ、私は着替えて来るから、後はよろしく頼んだ!」


そう言い放って、師匠は逃げるように部屋から出ていってしまった。


 「ちょっ……!」


こうなっては、ボーッとしては居られない。机の上のゴミをかき集めながら、今日の予定を頭の中で繰り返し、もう一度ため息をつく。


……僕の仕事は、探偵助手というよりただの雑用係なのかもしれない。

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