第169話「肉と酒、魚は無い」

 俺は悩んでいた。ギルドに行くのはいつでも問題無い。代替ストレージに入っている財布には大量の金貨が入ったものが何個も入っている。はっきり言って暇だ……


「料理紀行でも書くかな……」


 俺は暇を持て余して、ここでの料理を書き記しておこうと思いついた。旅人のグルメ紀行というのは読んでいて楽しかったものだ。勇者どもが露骨に安そうな料理を俺に押しつけてきたので舌がある程度何を食べても美味しいと感じられるようになった。たまにはそれを生かしてみるのもいいだろう。


 せっかくなので酒場に行くことにするのだが、その前に朝食を宿で済ませておこう。宿の食事と食堂の食事、どちらがどう違うか書き残しておくことには意味があると思いたい。


 俺は食堂に入って日替わりメニューを頼む。これがこの宿の一番平均的なメニューだ。そうして少し待っているとパンの焼ける匂いと、肉の焼ける匂いが漂ってきた。


「お待たせしました」


 給仕が持ってきたのは黒パンとベーコンエッグ。一般的な朝食だがこの村ならこの程度のものだろう。むしろベーコンエッグが付いてきただけマシというものだろう。


「ごちそうさん」


 そう言って宿を出るといくつかの露店も出ていた。串焼きがメインだが、農業メインの村と言うことで小麦を溶いたものを焼いている露店もいくつかある。せっかくなので『焼け付くオクトパス』という名前の露店で一箱買ってその辺に座って食べることにした。どうやら小麦を溶いたものに色々と味をつけ、焼くときにオクトパスの足の欠片を入れたものらしい。


 一つパクりと口の中に入れると思わずむせた。口の中に入れたときはほかほかのもの程度の認識だったが、噛んでみると中からとろりとした液体が口の中に溢れる。


「ふぉあっつ!? 熱! ひぃひぃ」


 店頭にちゃんと熱いですと看板を出して置いて欲しいような料理だ。似たような料理を食べたこともあるが、あちらは温い温度で簡単に食えたぞ。まあ……どちらが美味しいかと言ったら間違いなくこちらにはなるのだが……


 俺はどんなものが出てくるか分かる食堂には構わずさっさと向かった。肉の串焼きについてはどこでもそんなに味が変わらないので俺が書き残す必要も無いだろう。


 カラランとドアベルを鳴らしながら食堂に入ると蒸留酒を飲んでいる連中がメインであり、料理はおまけ程度のものらしい。剛の者は度数がとんでもないはずの蒸留酒を氷すら数個だけ入れて薄めることなく飲んでいた。


「お客さんは何にする? ウイスキーからエールまでここは揃えているよ」


「エールと料理を。料理はお任せで」


「はいよ!」


 カウンターでその注文をすると真っ先に酒が出てきた。エールをそのまま飲めと言うことだろう。この食堂は酒場としての適性が高すぎる。


 とはいえエールをいつまでも取っておくと気が抜けて美味しくなくなるので俺はそれを一気飲みした。エールの原料もおそらくこの村で作っているのだろう新鮮な味がした。


「お待たせ! 牛と野菜の煮物だよ! 付け合わせはエールでいいかい?」


「え……はい、エールでお願いします」


 料理の付け合わせがエールとは随分な酒への依存だ。しかもやりようによってはウイスキーでも注文できたであろう事を考えるとぞっとした。酒でベロンベロンになってもいいというのだろうか?


「どうぞ!」


 俺は主人に出された野菜煮込みを食べる。野菜がゴロゴロとしており、味は非常に美味しい。数切れの肉が入っているが、スープの出汁にふんだんに牛肉が煮込まれているらしく、しっかりと肉の味もした。この町は野菜農家こそ多いが畜産業をしている人も多いのだろう。


 俺はこの町の食事が美味いことを手帳に書き記しておいた。この村は結構なものだ。


 俺は貪るように煮込みと酒を流し込み、満足いった。旅をしているとロクなものを食べられないので町の中で食べられる美味しい食事は非情にありがたい。


「ごっそさん、美味しかったよ」


「それは何よりですな……旅人さんはさぞ美味しいものを食べているのでしょう?」


 実際は固形食料のような旅の最中に食べる保存の利くものの方が圧倒的に多いんだがな……


「ええ、美味しかったですよ、自信持ってください」


 そうしてその日は食事の記録を残して宿に帰ることになった。確かに美味しかったので俺は満足いって就寝することが出来た。


 翌日、食堂の前を通ると『グルメな旅人が絶賛! この村の名物料理を出しています』と俺を宣伝に使われているのには少しイラッとしたのだった。

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