第6話 運命の雲の糸

 布団の上で、膝下をバタつかせながら、ふと2年前の土田との初対面の状況を思い出した、澪。


 あれは、澪が自宅から15分ほどの距離の南光中学校に通っていた頃だった。

 中間試験3日前で部活も無く、仲良しの友達と5人組で下校していた時、澪が忘れ物に気付いた。

 友人達をゆっくりと歩かせ、澪1人、走って学校に戻ったが、まともな通学路を通ると時間がかかり過ぎて、戻った時に友人達に追い付けなくなるから、ショートカットし茂みの中を突き抜けようとした。


 その時、何か頭部に違和感が有り、頭を振った時に顔までペタッと粘着質の糸が貼り付き、大きな蜘蛛の巣に頭から突っ込んでしまっていた事に気付いた澪。

 茂みから出てから、蜘蛛の巣を素手で振り払っていると、手にベタベタと蜘蛛の糸が絡まった感触が気持ち悪過ぎたが何とか堪えて取っていた。

 すると今度は、足を延ばすと全長10cmくらいはあるアシナガグモが、自分の前髪からブラブラと垂れ下がっている事に気付いた澪。

 別の場所ならともかく、顔面にアシナガグモには、さすがに堪えきれず悲鳴を上げて走り出し、振るい落とそうとした時、たまたま前方から来た男子と正面衝突した。


 その時の男子こそが、土田だった。


「ゴメン、雲見てよそ見してたから......」


 ぶつかった拍子に落とした本を拾い、すぐに謝って来た土田。


「私こそ、ごめんなさい、クモ、そう、私にもクモが......!」


 自分が勢いよく突進した分、相手の方が強く痛手を負っているに違いないと申し訳無く感じつつも、頭部や顔に蜘蛛の巣とアシナガグモが絡み付いている気持ち悪さの方が耐え切れず、何とか頭から振り落ちないものかと、バタバタと手と頭を動かし続けていた澪。


「クモ......?あっ、そうか、虫の方のクモか......」


 自身が目で追っていた空の雲とは違ったものの、澪が蜘蛛の糸まみれで困っているのは、放っておけない様子の土田。


「学校に忘れ物して、さっき急いで、茂みの方から突き抜けようとしたら、頭に絡まってしまって......」


「クモ付きのクモの巣が絡まっているのは、女子には辛いね......はい、取れたよ」


 澪がバタバタ動じまくってもなかなか取れなかった蜘蛛の巣とアシナガグモを、高身長の土田は、ひょいと片手ですぐに振り払って落としてくれていた。

 気持ち悪かった感触から、やっと解放され、安堵の溜め息をつくと同時に、その頼もしい土田の姿が、澪にとって救世主のように輝かしく見え、以来、澪の心は土田に釘付けになっていた。


「ありがとう......」


 取り敢えず、お礼だけ言って、素早く頭を下げ、さっと土田から離れた澪。

 校舎まで走って戻りながら、もっと気の利いた事を言って、土田ともう少し長い時間話せていたら良かったのにと後悔したが、忘れ物をして友達を待たせている事も気になり、お礼以外に何を言っていいのか、その時は思い浮かばなかった。


(蜘蛛の巣が気持ち悪過ぎたけど、そのおかげで、こんなにトキメク出逢いが用意されたなんて!)


 それまでは、女友達とおしゃべりし、美味しい物を食べる事だけが生き甲斐の澪の生活に、全く別方向からの光が差し込んだ瞬間だった。


(うちの中学に、こんな親切で頼れる男子がいたとは!背が高くて、他の男子よりずっと紳士的で優しくて、笑顔がステキで......今まで、見た事が無い感じだったけど、他のクラスかな?落ち着いていて大人っぽかったし、上級生かな?落とした本、気象予報士試験の本だった!気象予報士を目指しているなんて、スゴイ!すごく頭も良さそう!さっき、雲を見ていた......って言ってた。雲に興味が有るんだ~。私は、クモが頭にくっ付いて、走っていた時に衝突したから、2人とも『クモ』絡みで、私達すごく御縁が有りそうな気がする!絶対そうに違いない!)


 そう勝手に思い込んで以来、澪は、アンテナを張り巡らせ、土田の情報を得る事だけに、それ以降の生活を捧げる事になった。

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