冗談にしてもやり過ぎだ

「あれはなんなんだ! 冗談にしてもやり過ぎだ! 俺は犬が苦手だって知ってるだろ! それに師匠のことも悪く言いやがって! あの人は俺の恩人だ! いくらお前でも許さないぞ! あと、最後に笑うのはお前だっていうけど、最後の最後で笑うのはいつも俺の方だ! 覚えときやがれ!」

一息でまくしたてた御堂は肩を上下させ、荒々しく呼吸した。

「…………」

「…………なに笑ってんだよ?」

「……いえ、なんでもないわ。ただ、あなたがあまりにもおかしかったから。……それと、あなたのことは嫌いだけど、狼男はもっと嫌いだから。何でこんなことをしたかというと、御堂の怒りを焚きつけるためよ。あんた、修行が全然進んでないじゃない。狼男に対する憎しみが足りないからよ。犬は嫌いなんでしょ?そう、せいぜい犬嫌いどまりよ。でも、今回の件で犬に対する殺意が沸いたでしょ?その意気込みで狼男を殲滅して欲しいのよ。まずは、さっきの魔導士から倒してほしい」

「丸顔の女か? あいつは何者だ。お前とどういう関係だ」

「後輩の御木本美代。両親を狼男どもが人質に取ってる。『アンジェラに接触して御堂をおびき出せ。事件から手を引くか、仲間になるか選ばせろ』って命令されてる。どのみち御堂は狼男どもと向き合わなきゃいけないのよ」

「それで、俺が狼男だとの噂を流して挑発したのか」

「そうよ」アンジェラは平然と答える。

「ふざけんな。誰が乗せられるものか。だいたい何だよ。狼男が送り込んできたってのは?」

「知らないの? 魔導士は狼男たちの中でも異端の集団なのよ。彼らは人間を実験動物としてしか見ていないわ。彼らの目的のためなら手段を選ばないのよ。きっと狼男の精鋭をあなたに差し向けたんでしょう」

「…………」

「まあ、そういうことよ。がんばりなさい」

「そういえば、俺が丸顔に見とれていたってのは?」

「証拠写真。世界中に拡散されてる。URL送ったから自分のスマホで確かめてみれば?」

アンジェラからLINEが来た。そこに示されたアドレスを開くと「ご注意! 狼男は丸顔がお好き」というまとめサイトがつくられていた。

いつの間に盗撮されたのかは知らない。

とにかくこの事実は全世界に向けて公表されたらしい。

そして、この噂のせいで、狼男たちからの刺客が現れたのだろう。……御堂は改めて思った。

――この女は、とんでもない女なのだと。

だが御堂の心は晴れなかった。

御堂が知りたかったものは、こういうものではないからだ。

1章 狼男、来襲 その日、アンジェラ・スタインバーガーが帰宅したとき、御堂の姿はなかった。「あいつったらどこに行ったんだろ」アンジェラは不機嫌な表情を浮かべると自室に入った。机の上に置いてある携帯電話を見る。御堂はここに来る前に寄っていたはず。着信記録を確認すると御堂から二通のメールがあった。一つには『アンジェラへ。俺はいま日本にいるらしい。だが俺は自分を知らないんだ』という意味不明な内容、もう一つには「俺を助けてくれ」という言葉だ。どうも御堂の身に何かあったようだ。そう思った瞬間、アンジェラの顔色が蒼白に変わった。彼女はすぐさま着替えて家を出た。

まず最初に彼女が向かったのは草薙家の近所の商店街だった。ここなら彼がいる可能性が高いと思ったのだ。案の定、御堂らしき少年を見つけた。彼は八百屋の前で立ち止まり、店主と話していた。

「よう、坊主! 今日は何にする?」

「えっと……じゃあタマネギ二つください」

「あいよ!」

店主とのやり取りを聞いただけでわかった。間違いなく本人だと確信する。アンジェラは御堂に声をかけようとしたが、思いとどまった。御堂はどう見ても一人きりだ。

ここで自分が話しかけたら、かえって不審に思われるかもしれない。

ここはひとまず様子を窺おう。

そう考えたアンジェラは御堂の後ろに張りつくことにした。

「おい!これはどういうことだ!」

御堂は声を荒げた。

「どういうことって?」

「どうして俺が狼男になってるんだ!?」

「それは俺にもわからん」

「わからないってことはないだろ!」

「ああ、すまんな。実は俺もまだ半信半疑なところがある」

「どうすればいいんだよ!」

「どうしようもないな。とりあえず、おまえさんの知り合いを片っ端から襲ってみるか?」

「そんなことしても無駄だと思うぞ」

「そうかな。やってみないとわからないと思うぜ」

「いや、無理だ。俺は犬が大嫌いなんだ」

「ほう、そうなのか」

「ああ、そうだ」

「だがな、坊主。世の中は広い。犬が好きな奴だっているかもしれんぞ」

「いないさ、そんな奴」

「まあ、待て。その可能性に賭けてみてもいいんじゃないか」

「なんでだよ?」

「狼男が犬嫌いなのを知ってるのは世界中でおまえさんだけだからさ」

「……」

「おまえが襲われれば、みんな信じるだろ。犬が嫌いなのが事実だってな」

「……その通りだ」

「よし、決まりだ。それでは早速始めようか」

「ちょっと待ってくれ」

「なんだ?」

「俺が犬嫌いなことを知ってる連中をリストアップしてくれないか」

「わかった」

御堂は渡されたメモ用紙に名前を書き込んだ。

「あとは、この人たちに『今すぐ逃げろ!』と連絡を頼む」

「おまえ、意外に用心深いんだな」

「当然だろ。相手は狼男なんだ。どんな手を使ってくるかわかんないじゃないか」

「それもそうか。じゃあ、電話してみろ」

御堂は電話をかけ始めた。

「もしもし? 俺だ。御堂だ。今、大変なことが起こってるんだ。すぐに逃げろ!……いや、違う! 俺が追われてるわけじゃない! 俺は大丈夫だから心配しないでくれ!……本当だ! 信じろ! 俺を信じてくれ! うぉおおおっ! うぉおおっ!……うぉおおっおおっおおっ! うぉおおっ! うぉおおおおおおおおおっ!!」

御堂は突然、天に向かって雄叫びを上げた。そして、電話を切ると走り出した。

「……逃げたか。しかし、なんでいきなり叫んだりしたのかね?」

店主は首をひねった。

御堂は全力疾走していた。後ろを振り返る余裕はない。追ってくる者がいるかどうかすら確かめられない。

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