55.朝倉さんの彼氏

 俯いてしまった玲奈に全く気づかないまま、クラスメイトは質問を続ける。


「あっ、でも三上くんとは付き合ってないんだっけ!」

「あ……いやぁ……」

「えっと、れな……朝倉とは、ちょっと出かけてただけで」

「それがデートじゃん!」


 クラスメイトは興味津々といった様子で問い詰めてくる。より一層俯いてしまった玲奈をどうしようかと考えながら、同時にこの状況を切り抜ける方法を必死に考える。

 あの玲奈に難癖をつけてきた女子の件で、俺と玲奈はかなり疑われる羽目になったがなんだかんだで付き合ってはいないということで落ち着いた。それだけ必死に否定しておいて今はもう付き合っています、なんて少し言い難い。

 しばらくして、二人、三人とクラスメイトが集まってきた。どうやら何人かのグループで集まっていたらしい。


「あっれぇ? 朝倉さんと三上くんだぁ」

「あなたは……お久しぶりですね。清水さん……でしたっけ」

「なにさ、余裕ぶって」


 そのグループの中には、玲奈がキレて突き飛ばした女子もいた。名前は清水というらしい。相変わらず玲奈のことを勝手に目の敵にしているようで、俺と一緒にいる玲奈のことをくすくすと見下すように笑っている。


「三上くんと付き合ってないとか言ってたけどさぁ。そゆこと言ってるってことはほんとは朝倉さんも三上くんのこと引き立て役……」

「うるさいですね、少し黙っててください。こっちは今いろいろ考えてるんですよ」

「なっ……」

「あなたと違って、わたしは悠斗のことを見下すようなことを思ったことは一度たりともありませんので」


 俯きながらも顔色こそ変えなかった玲奈は、俺を悪く言われてまた少しむっとしたような顔になる。その表情に、高圧的だった清水は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「だ、だいたいあんたらが嘘ついてんのは事実でしょ!」

「はぁぁぁ……まあ、そうなりますよね。夏休みに入ってから付き合ったって言ったら、信じます?」

「信じるわけないでしょ!」

「まあ、でしょうね」

「なにかとみんな俺たちのこと付き合ってることにしたがってたもんなぁ」


 そこにはおそらく、朝倉玲奈という完璧な女の子がいると不都合なことが多かったのだろう。例えば、好きな男子が玲奈のことが好きだったり。


「誰がなんと言おうが、わたしと悠斗はこの夏休みに入ってから付き合い始めました。信じなくとも結構です。ですが、わたしを悪く言うのは結構ですが、彼を嘘つき呼ばわりするのはやめてください」


 きっぱりと。自分はどうでもいいといったふうにそう言った玲奈は、少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 嘘つきと言われるのが嫌いなんだ。自分が言われるのが嫌だから、自分の大切な人が言われるのも嫌なのだろう。その気持ちは今だからこそわかる。


「……なんそれ、きも」

「ほう? まだ文句がありますか」

「あるに決まってるし! 澄ました顔してさぁ、男振って付き合ってないとか言って? んで実は三上くんと付き合ってましたって? なんそれ。夢見たあたしが馬鹿みたいじゃん……」

「……ん? 夢見た? どういうことだ」

「うっさい! 黙れ! 三上くんは喋るなぁ……」

「お、おう……」


 涙目になった清水は、そう言って俯いてしまった。


「付き合ってないなら、あたしもチャンスあると思ったのに……」

「……なるほど、そういうことでしたか」

「うっさい。なにさ、文句ある? あたしが三上悠斗のことが好きで」

「……はぁ!?」


 待ってほしい。申し訳ないが、今の今まで名前すら知らなかったのだ。そんな女の子に好かれる理由は、とても俺にあるとは思えない。


「何気なく優しくしてくれるところとか、いいじゃん」

「あー……この天然たらしがよくなかったんですね……」

「ち、ちょっと待て。清水は俺のことだいぶ悪く言ってた気がするんだけど」

「それはぁ……好きな人に素直に言えるわけないじゃん。意地悪しないとまともに話せないじゃん」

「うっ」


 なにやら巻き込まれてダメージを受けている玲奈のことは一旦置いておくとして。

 想定外の方向に話が進んでしまい、脳がバグりそうになる。まさか俺が、玲奈以外の他人に好意を向けられていたとは思わなかった。


「でも、悪い。俺はやっぱり玲奈のことが好きなんだ」

「……はぁ、うざ。なんそれ、馬鹿みたい。馬鹿じゃん。なんこれ、この茶番。もういい、帰る」

「清水さん」

「なに」

「上手くは言えませんが。というか、わたしが言うべきことではないと思いますが……同じ人を好きになった者同士、仲良くしたいな、とは思います」

「……あっそ」


 ぷいっ、とそっぽを向いてどこかへ行ってしまった清水。俺たちは後を追わず、クラスメイトたちもそれを追うようなことはしなかった。


「清水さんね、朝倉さんが問題起こした次の日にね、一応みんなに謝ってたの。『空気悪くしてごめん』って。まあ鎮火したのは北条くんとかの力が大きいんだけど」

「そうなんですね。あのときは、わたしもご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いやいや! あれはやっぱり清水さんがよくないと思うから! でもね、ちょっと気持ちわかるんだよね。もう三上くんと朝倉さんは一緒にいること多かったし、清水さんが悪いわけじゃないけど朝倉さんには勝てないだろうし」

「……それは、その。わたしが言うと嫌味にしかならないのですが」


 今の玲奈は俺の彼女だ。そんな立場の人間が何を言ったところで、俺が好意を向けなかった人に対しては嫌味になってしまうだろう。

 そんな清水に、なにも声をかけてやれなかった立場の俺は、玲奈以上にここでは何も言えないのだが。


「悠斗は、そういう判断の仕方はしないと思います。わたしがいろいろできるから、なんて。そんな考え方はしないと思います。だから、清水さんがわたしたちに意地悪をしてきたんだと思います。悠斗のことを諦めたくなかったのと同時に、わたしから奪い取るチャンスが来ると信じていたから」


 違ったかもしれない。俺が玲奈に連れ回されていなければ、わがままを言われていなければ、なんでも聞いてあげると言われてなければ。玲奈の秘密を知らなければ、もしかしたら俺の隣にいたのは清水だったのかもしれない。

 俺は完璧な朝倉を好きなわけじゃないから。だから、俺は玲奈のことが好きなんだ。


「とはいえ、わたしはこれ以上清水さんに何も言えませんので。彼女のこと、よろしくお願いします」


 玲奈がぺこりと頭を下げると、クラスメイトは散り散りになっていった。そうしてクラスメイトが全員見えなくなったところで、玲奈は俺にじとっとした目を向けてきた。


「たらしめ」

「誤解。覚えがない」

「でしょうね」

「そもそもずっと玲奈に連れ回されてたから、一学期の記憶はそればっかだな」

「……あっそ。わたしでいっぱいなんだ、ふーん」


 口調とは裏腹に嬉しそうな顔をする玲奈。こういう素直じゃないところに惹かれたのだ。


「君は優しいから」

「そうかな」

「彼女が言うんだから、そこは胸張ってよ」


 誰でもできることをやっているだけだ。でも、それが難しいことも知っている。だったら俺は、優しい人なのかもしれない。実際のところ優しいなんて他人の価値観でしかわからない。


「君の隣にいるのはわたしでいたい。今ね、改めてそう思った」

「そっか。俺も、隣にいてくれるのは玲奈がいいな」

「うん」


 冷めてしまった残り二つのたこ焼きを食べて、俺たちは立ち上がった。ゴミを捨てて、駅に向かう。

 電車に揺られて、家の最寄り駅へと着いた。日は高いし玲奈の家は駅から遠いので、今日は別々に帰ることにした。


「……そっか」


 思ったよりも人に嫌われてないようでよかったと思うと同時に、俺には玲奈以外を選ぶことができないから、少しだけつらくもなる。だからといって、玲奈以外の女の子を選ぶようなことはしないが。

 足音が聞こえる。駆けるような足音だ。そうか、小学生も夏休みだ。それくらいの夏休みが一番楽しかったかもしれない。

 そんなことを考えていると、真後ろに足音がやってきた。服を掴まれている。


「あの、さ……はぁ……はぁ……もうちょっとだけ、一緒に、いたいと……いうか……その……」

「もちろん。俺も、玲奈といたい」

「……ん。うち、来て」


 今年の夏休みは、間違いなく今までで一番楽しい夏だろう。

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