47.朝倉さんと悪いこと
「ただいま」
「おかえり兄さん。ごはん……朝倉さん!?」
「お邪魔します」
にっこりと笑う玲奈。その笑顔は俺や結花に見せるようなものとは違う。
「玲奈?」
「……ちょっと、思ったより緊張する」
「まあ、ゆっくりでいいよ」
「ごめん」
美希は俺と玲奈の手を見てぱっと表情を明るくする。その表情を見た瞬間に、玲奈は俺の手をぎゅっと握る。
「罪悪感えぐいって……」
「がんばれ。それとも、俺から伝えようか?」
「意味ない意味ない。いいよ、頑張る」
「そっか」
「朝倉さん! ふつつか者の兄さんですが、どうかよろしくお願いします!」
「は、はい!」
俺と玲奈がこそこそ話していることには気づいていないようで、美希はきらきらとした笑顔でこちらを見ている。ちらりと玲奈の方を見ると、こわばった表情で冷や汗を流していた。
「すぅ……はぁ……」
「なあ、玲奈。無理して……」
「あので……あのね、美希ちゃん」
「えっ?」
「その……ほんとは、わたしは。あんなにお淑やかな人じゃないし、優しいわけでもないし、君のお兄ちゃんの隣にいて相応しいのかなって考えちゃったりする、面倒な女なんだ」
きょとんとした顔で首を傾げる美希。
「結花ちゃんみたいな感じ……ってこと?」
「そうだね。裏表が激しいって言ったらわかりやすいかな」
「なるほど」
正確に言えば意図的に裏表を作っているのが玲奈や結花だが、その辺は重要なところではない。
今は、美希がどう思うかが大切だ。
「でも、兄さんが好きなのは朝倉さん、なんだよね?」
「そうだよ」
くすくすとおかしそうに笑う美希。まるで玲奈がおかしなことでも言っているような笑みに、玲奈も首を傾げる。
「なら、妹が口を出すところじゃありません。ほら、兄さんも朝倉さんも手洗ってください。あ、晩御飯ちょっと追加で……」
「あ、いいよ! 今日はお父さんにも言ってないから」
「そうなのか。じゃあ、送る」
「いってらっしゃい」
思ったよりすんなり受け入れられたことに少し戸惑いながら、玲奈は俺の隣を歩く。その手は俺の手と繋がれている。
「美希ちゃん、いい子だね」
「知ってる」
「シスコン」
「うるさいな」
否定はできない。美希にとって俺が数少ない気兼ねなく話せる相手というのと同じように、俺にとってもずっと一緒にいた妹だ。両親が滅多に帰ってこないという点に関しては当然俺も美希も同じで、となればその兄妹を大切に思う気持ちが強くなるのは当然だ。
玲奈はしばらく何も言わず歩いた。俺もなにも言い出すことなく歩く。
「……拒絶されるんだろうなって、勝手に思ってた」
「美希に?」
「ううん。もちろん、美希ちゃんもそうなんだけどさ」
「じゃあ、日向とかか」
「違うよ」
くすりと笑って、腕につけていた安っぽい腕時計を見せる。見覚えのある、いつも玲奈がつけている腕時計だ。
「君に、かな」
「俺が玲奈を拒絶したことなんかあったか?」
「ないよ。勝手に、わたしの本当の顔を知ったら嫌がるだろうなって。嫌われちゃうんだろうなって思ってた」
とても俺が言えた話ではないが、玲奈はどこか素の自分に自信が無いように感じる。こんなにもかわいくて魅力的な女の子がそんなことを考えているのが、少しだけ寂しくなる。
けれど、俺が玲奈にどれだけ想いをぶつけられてもまだ自信が持てないように、玲奈も俺が何かを言ったくらいでは簡単に考えを変えることはできないのだろう。
「だから、君に独り言聞かれたときは本気で怖かったんだよね。終わったって。言いたいことがたくさんあったから、尚更」
「そっか」
「好きだって言い出せなかったのも、わたしなんかが好きになっていいのかなって思っちゃってたからなのかもね。君に偉そうに言っておいて、わたしもわたしなんかって言っちゃった」
「……玲奈が頑張ってるのはよくわかってるから」
「ありがと」
いろいろと考えすぎてしまうのだろう。その結果が今の朝倉玲奈を作っているのだ。その考えの全てが良いとも言えないが、だからといって悪いところばかりではないことも知っている。
「だから、その。遅くなったけど改めて。二つ伝えたいことがあります。ずっと言うのが怖かったこと。美希ちゃんと北条くんと、結花ちゃんと……悠斗に受け入れてもらったから、言いたい」
「お、おう?」
手を離して、俺と向き合う玲奈。
「受験のとき。君はもしかしたら覚えてないかもだけど、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。覚えてるよ、ずっと。そんな安物を大切にしてくれて嬉しい」
「……うん。宝物だよ」
大切なものを愛でるように腕時計に触れる玲奈。どこで買ったのかも覚えていないような腕時計をそこまで大切にされても少し恥ずかしくなるが、俺が贈ったものをそうやって大切にしてくれることはとても嬉しい。
「あと」
「うん」
「ずっと前から、好きだったよ」
「……うん」
知っている。もうそれは、さっき全部聞いたから。
だけどそれを改めて伝える玲奈の顔は若干赤くなっていて、多分俺の方も赤くなってしまっているのだろう。
「真面目な話しちゃってごめ……」
「俺も、多分。ずっと前から好きだったよ。いつからかとか、全然わからないけど」
「……もう! そゆとこ、ほんとに好きだよ!」
支えたい友人から、大切な恋人に変わっただけだ。ただそれだけの変化。
でも、恋人の笑顔にときめくくらいはしてもいいのだろうか。
「よしっ! 悠斗のだらしない顔も見れたし帰ろっ!」
「えっ」
「今、めちゃくちゃにやぁ、ってしてた。わたし、そんなにかわいかった?」
「かわいかったよ。いや、玲奈はいつもかわいい」
「……ん、ありがと」
顔を見合って笑い合う。そんな静かな二人きりが心地よくて、ずっと続けばいいなと思ってしまう。
「あのさ。完璧な朝倉さんが絶対にしないようなことしない?」
「むしろ、いいのか?」
「……いいよ」
そっと、唇を重ねる。うるさい鼓動がどちらのものか、なんて考えるまでもない。どちらもうるさいのは間違いないのだから。
再び手を繋いで、歩き始める。照れて熱くなってしまったその手を、お互いに強く掴んで。
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