第三章 すれ違いと仲直り

第13話 お友達の相談

 今日の学園はお休み。

 週に六日・一日基本七時限授業という詰め込み型教育の極みを乗り越えての休日。


 そんな貴重な休日であっても、多くの生徒たちは己の研鑽のために部活動や勉強やお稽古に励みます。


 私とレンちゃんも他の皆さんと同じく似たり寄ったりの休日を過ごすのですが、今日はちょっと訳ありです。


 前回のリボン騒動以降、ラナちゃんとの距離がぐっと縮まり、以前よりもいろいろなことを話し合える仲になりました。

 そんな中、ラナちゃんから相談事があるという話を受けて、町へ繰り出し、よく利用するお店で私とレンちゃんが相談に乗ることになりました。


 因みに服装は学生服のまま。

 校則で休みの日も外へ出るときは学生服じゃないと駄目なんです。

 まったくもってお堅いですよね……いえ、お堅いというか、おそらくこれは私たちへの首輪――外でやらかすことの多い、お調子者の男子学生への抑止力のためでしょう。




 ラナちゃんの相談事のため、私たちが訪れた場所は『ダウイン地区』。

 ここはメインストリートから少し離れた場所にあるのですが、道はかなり広く、人が掃いて捨てるほどいます。

 まぁ、なんていったって、ここは人口が多く豊かな魔導学園都市アダラですもの。

 あちこちに人がいて、店があり、商売人がいて当然です。


 そのお店の一つである定食屋さんで相談に乗ることに。

 お店の名前は『もぐもぐヒット』

 名前のセンスはいまいちですが、料理はなかなかのもの。


 外観は木造二階建て。

 結構年季が入っていておんぼろだけど、店内は広く、常にお客さんで賑わっています。

 また、道に面したテラス席があって多くの人たちが行き交う元気な街並みを望むこともできます。


 今でこそ雰囲気の良い街並みと通りですが、私がこの町に来る以前までは、チンピラみたいな人が跋扈ばっこする、ちょっと治安がかんばしくない場所でした。

 ですが今は、そんな人は全くおらず、食料品や日用雑貨に服飾に飲食店。さらには出店が建ち並び、あちこちから景気の良い声が飛び交う場所となっています。



 私はレンちゃんとラナちゃんと一緒にテラス席の丸いウッドテーブルに腰を降ろします。

 すると、店内にいた幾人かのお客さんが私たちに軽い挨拶を交えてきました。

 皆さんとは親しいわけじゃありませんが、諸事情あって相手方は私たち……おもに私について詳しいんです。



 挨拶を返して、ラナちゃんへ意識を向けます。


「相談ということですが、どうしたんですか? まさか、またあの取り巻き三馬鹿下種どもが?」

「いがやいがや、そーだ……す~は~」


 ラナちゃん言葉を止めて、一度、深呼吸を行いました。

 そこから、方言を消して話し始めます。


「ちがうの。そんなこと起こってないよ」

「おや、標準語。以前よりもきれいな発音ですね」

「もしかして、言葉遣いを練習してるのかな?」


「はい、レンさん。みんなと話せないと、ちゃんと、できないから」

「そっか。地方だとかなり独特な方言を使う場所もあるからね。生まれ育った言葉と違う言葉を使うのは大変だろうけど、頑張ってね。何かあれば協力するから」

「ありがとう。感謝するね」

「うん。それで相談とは――」



「おい、お前ら。椅子に座ってしゃべくり倒す前にやることあるだろ」



 不意に言葉を突っ込んできたのは定食屋『もぐもぐヒット」』の店主のおじさん。

 とても細身で、真っ黒なジレを着用し、腰に白いエプロンを巻いてる人。

 常に無精ひげをこさえていて、言葉遣いが悪いおじさんです。


「あ、ガルドーさん」

「あ、ガルドーさん、じゃねぇよ。ミコン、レン。椅子に座ったらまず注文しろ、注文をっ。ここはお前らの休憩所じゃないんだぜ」

「あ、そうでしたね。それにしても、相変わらずの無精ひげ。飲食店をやっているなら、ちゃんと剃ったらどうなんですか?」

「うっせいよ。こいつは俺のトレードマーク。文句があるなら別の店に行きやがれ。で、注文は?」



「私はパンケーキにベリーソース。生クリームは無しで。あと、五種のハーブティーを」

「えっと、私はたまごサンド。唐揚げにマヨネーズあり。それとオレンジジュースを」


「はいはい。ミコン、ハーブの組み合わせはいつものでいいな?」

「もちろんです」

「で、そっちの子は? 初めてだよな」


 ガルドーさんはそう言って、注文をメモっていたペンでちょいとラナちゃんを差しました。

 ラナちゃんはガルドーさんの荒っぽい雰囲気に呑まれてか、緊張した面持ちで言葉を返します。

 そのため、標準語が消えていつもの方言で返してしまいました。



「わんずが、らなってえんだ。よろしないな」

「ん、その言葉遣い? もしかして南の出身か?」

「え? あ、また、標準語を。わんずはもう、けんからん」


 と、方言を使ってしまって身体を縮めるラナちゃんでしたが――。

「気にすんな。わんずもバールランきたからな。王国語がめんちだんお。おんまはどうだ?」

「え? まーさ、おじじもバールランきたのか?」

「うんも、バールランのサイホーきた」

「サイホー!? わんずはクルヤルランだ」

「ほう、クルヤルランか。ちゅちゅのみやうじゃね」



 二人はラナちゃんの故郷である、バールランの方言でやり取りを行っています。

 話の流れから二人は同じ地方の出身で、それについて盛り上がっている感じですが……。


「こ、困りましたね。本気を出したらラナちゃん語はさっぱりわかりません」

「ラナちゃん語って……でもたしかに、地方名が拾えるくらいであとはわからないな。あの、二人とも?」


 レンちゃんの問いかけに、二人は会話を止めて、頭を下げてきました。

「あ、ごめんなさい。つい……」

「あはは、わりぃな。つい、同じ地方の出身者だったもんでな。あ~っと、注文だな。ラナは……チャリフルでどうだ?」

「チャリフル!? あんのか?」

「ああ、あるぞ。そいつに紅茶でいいだろ」

「よろがんだ」

「わかった。そんじゃ、邪魔して悪かったな。ミコン、レン」



 ガルドーさんは注文票を片手にお店の中へと入っていきました。

 私はラナちゃんに尋ねます。


「チャリフルとは何ですか?」

「わたしの田舎の料理。とっても美味しいんです」

「そうなんですか? それにしても、ガルドーさんとラナちゃんが同じ地方の出身とは驚きました」

「あの、ミコンとレンさんはガルドーさんと親しいの?」



 この問いに私は笑顔を見せたまま、眉間に皺を寄せました。

 それをレンちゃんがくすりと笑い、彼と私の関係。というか、この地区で起きた私の話に軽く振れます。


「ふふふ、実は以前までここは治安が悪くてね。それを改善したのがミコンなんだ」

「ええ!? そうなんも? どうって?」

「まぁ、一言で言えば……拳で」


 レンちゃんは私にちらりと視線を振ります。それを眉間に皺を寄せたままの表情でお返しすると、レンちゃんはまたもやくすりと笑い、話を続けました。


「ミコンはこの地区で暴れていたチンピラたちを追い払い、さらに仕事の紹介までしてね。そのおかげで、ここではミコンはちょっとした顔なんだ」

「そうなんもか? でも……」



 私は眉間に皺を寄せたまま……。


「なんで、ミコンはあんな顔を?」

「派手に暴れたみたいだからねぇ。あとでオウル学園長にこっぴどく怒られたんだよ。ミコンにとってはそっちの方が記憶に深く刻まれて、あんまり思い出したくないみたいなんだ」

「そうなんも」


「その騒動のあと、私はミコンにこの地区のお店屋さんを紹介されてね。それから、よくここを出入りするようになったんだ。町の人はしばらくの間、私の身分を知らず普通に接してくれて、気づいた後もそれほど態度を変えることはなかった。おかげで、居心地の良い場所になっているよ」


「そうなんだ。でも、ミコンはどんな暴れ方を――」

「あ~あ~、もうそれはいいじゃないですか。本題に入りましょう! 今日はラナちゃんの相談に乗るための日なんですから!!」


 私は無理やり話を収めて、本題へ移ることにしました。

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