第48話 水魔法は水しか使えない?
二階に着いた途端、千紘は額に手を当てて天井を仰ぐ。
「いや、まあ、さっきと同じ魔物なのはありがたいけどな、限度ってもんがあるだろ……」
三人の目の前にいたのは、三階で出くわしたピンク色と緑色のスライムだった。そこまではいい。
「数多いよなぁ」
「ですよねぇ」
千紘の言葉に同意しながら、秋斗と律が思わず苦笑を漏らした。
そう、これまでに比べて数がおかしかったのだ。
フロアにぎっしり詰め込まれるような形で、どこを見てもピンク色と緑色のスライムだらけなのである。
「何体いるか気になるから、ちょっと数えてみるか」
そんな呑気なことを言いながら、秋斗が今下りてきた階段を二段ほど上がり、少し高い位置からスライムの数を数え始める。
「確かに数は気になるよな」
「はい、数えたくなる気持ちはわかります」
千紘と律も数は気になったので、そのまま秋斗が数え終わるのを待つことにした。
少しして数え終えた秋斗が、軽やかに階段を下りてくる。
「ざっくりだけどピンクが十体で、緑が七体だな!」
「そんなにいるのか……」
千紘が肩を落とし、うんざりしたように大きな溜息をついた。
だいたいの予想はできていたが、改めて数字を聞くと途方もないような気がしてくるから不思議なものだ。
「さすがにこれをスルーするわけにもいかないですよね」
「そもそも、こんなひしめき合ってるような状況じゃ避けて歩くのも大変だしな」
困ったように言う律に向けて頷いた千紘は、リリアたちに魔物退治を頼まれていたことを思い返す。
スライムの攻撃自体は大したことはないから、上手く避けて下の階に行くことも可能かもしれないが、さすがにそれを選択することはできない。
両手を腰に当てて怒鳴る少女の姿が、ありありと想像できてしまうのだ。
そこに追い打ちをかけてくるような秋斗の言葉が、千紘の耳に届く。
「それに階段の前を緑色の大きいのが塞いでる。ほら、あれ」
秋斗が冷静な口調で、スライムたちの隙間からかろうじて見える、奥の階段を指差した。
言った通り、階段の前には大きな緑色のスライムが鎮座しているようだ。
「マジか……。ならやっぱり全部倒すしかないな」
仕方ない、と千紘が渋々といった様子で一歩前に出る。
長剣を軽く構え直すと、近くにいたピンク色のスライムを斬りつけた。そのまま流れるような動作で二体目、三体目とピンクスライムの核を
あっという間に三体のピンクスライムが消え、その様に、
「おー、千紘すごいな!」
秋斗が目を見開いて、大きな拍手をした。
ピンクスライムの倒し方は、千紘にとってすでに手慣れたものである。
だが、三体消えたところでそれほど景色に変わりはない。ピンクスライムだけでもあと七体はいるのだ。
「律。悪いけど、またさっきみたいに大きいやつを引きつけてもらっていいか?」
「わかりました!」
律を振り返りながら、千紘が声を掛ける。律は元気よく返事をして、すぐにダガーを鞘から抜いて構えた。
三階の時と同じように、律が手近なところにいる緑スライムの気を引く。そして律に攻撃を仕掛けてきた緑スライムの核が見えたところで、千紘がその核を斬って倒す。
時折、ピンクスライムが千紘たちの方に向かって攻撃してくるが、それも緑スライムの行動を見張っている千紘が、瞬時に見切って倒していった。
「千紘もりっちゃんもすごいなぁ!」
千紘と律の連携は、三階の時よりもさらに上手くいっていて、それは秋斗が感嘆の溜息を漏らすほどである。
数が多かったので、少し時間はかかってしまったが、誰も怪我することなくスムーズに終わった。
「よし、終了!」
「お疲れさまでした!」
「二人ともお疲れ!」
二十体近くいたスライムたちはすべて倒され、ようやくがらんとした空間になったフロアには、これまでと同じようにピンク色と緑色の鉱物が残されたのだった。
※※※
「秋斗、どうした? 手が止まってるぞ?」
スライムが落としていった鉱物を拾いながら、千紘が
珍しく静かだな、と思って秋斗の方に顔を向けてみたら、何かを考え込んでいる様子だったのである。
「あ、ああ。……おれの水魔法って、やっぱり水しか使えないのかと思ってさ」
「どういう意味だよ?」
いまいち要領を得ない秋斗の返事に、千紘が首を傾げる。
(また謎なことを言い出したな。『水』魔法なんだから、水しか使えないのは当たり前なんじゃないのか?)
そんなことも思ったが、口には出さない。いや、出せなかったという方が正しいのかもしれない。
自分は魔法の専門家ではないし、もしかしたら万が一の可能性もあるのかもしれない、とも考えたのだ。
しかし秋斗は、
「いや、今はいいや」
そう言って笑顔を見せると、また鉱物を拾う作業に戻る。
「ふーん、ならいいけど」
少し元気がなさそうにも見える秋斗に、千紘はそう答え、同じように作業を再開した。
結局、秋斗が何を言いたいのかはよくわからないままだったが、何となく今はこれ以上踏み込んで聞くのもどうかと思い、
(秋斗が『今はいい』って言うんだから、これ以上は聞かない方がいいんだろうな)
千紘は自分にそう言い聞かせることにしたのである。
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