第24話 帰還
夜になってリリアの用意してくれた夕食を食べ終えた後、千紘は一人で外に出ていた。
地球のものではない夜空を眺めながら、「ここでも星は見えるんだな」などとぼんやり考えていた時だった。
「今回は大変だったなぁ」
そう言って苦笑しながら、千紘の隣にしゃがみ込んだ。
「ああ」
千紘は空を見上げながら一言だけ返すと、今度は秋斗の方に顔を向ける。
それから少し
「……秋斗があの時手を伸ばしてなければ、巻き添えにならないで済んだかもしれないのにな。えっと、その……悪かった」
『あの時』とは、千紘が階段から落ちた時のことを差している。
もし秋斗が自分のことを助けようとしなければ、自分一人が召喚されるだけで済んだかもしれない、と少なからず申し訳なく思っていたのだ。
もちろん、そうなっていた場合はこんな大変な目に遭わず、リリアにすぐ帰してもらえたのだろうが、そのことは横に置いておくことにする。
何となく気まずさのようなものを感じながら、千紘が頬を掻くと、
「大事な仲間に手を差し伸べるのは当たり前だろ!」
今度は秋斗が
その様子に、千紘は改めて思わされる。
ああ、そうだった。この男はこういう人間なんだ。秋斗は自分とは違って、
千紘にとってそれは
自分はこのような男には到底なれそうにない。だが秋斗のことを一人の人間として、男として、今は苦手だとは、めんどくさい奴だとは思わなかった。
自然と千紘の頬が緩むが、今は暗いから秋斗には見られないだろう、と気にしないことにする。
「……そうだな。今回はありがとな。でもアンタがミロワールを壊さなければもっと早くに帰れたはずなんだけど」
お礼と一緒に、千紘が少し意地悪な言葉を口にすると、
「そ、それは言わないお約束だろ!」
秋斗は途端に慌て出した。さすがにそれは自分でも少しは悪かったと思っているのだろう。
千紘は声を出さず、さらに笑みを深める。
「冗談だよ」
秋斗に向けていた視線を、空へと戻した。その気配を察したのか、同じように秋斗も見上げる。
二人は無言で並んだまま、しばらくの間アンシュタートの夜空を見ていた。
※※※
翌日の昼、千紘と秋斗、そしてリリアの姿が森の中にあった。
二人が地球から召喚され、リリアと出会った場所である。
「じゃあ今度何かあった時には、またあんたたちを呼ぶから」
今日も腕を組んだ偉そうな態度で、リリアが言う。
「それはお断りだ」
千紘は心底疲れたように返したが、対照的に秋斗は、
「ああ、また絶対呼んでくれよ!」
そう言って白い歯を見せる。
「マジで勘弁してくれよ……」
うなだれる千紘には構うことなく、リリアはマイペースに自分の首から下げていた、直ったばかりのミロワールを外す。
それをそっと草の上に置くと、腰に両手を当てた。
「ほら、二人ともちゃんと近くに寄って。じゃないと一緒に帰れないかもしれないんだから」
「はーい!」
「わかったよ」
写真を撮る時のように千紘と秋斗が傍に寄って並ぶと、それを待っていたかのようにミロワールが輝き出す。
(眩しい……っ)
少しずつ光が強くなり、千紘は目を開けていられなくなった。徐々に気が遠くなる。きっと秋斗も同じだろう。
「……またね」
完全に意識を手放す寸前、千紘の耳にはリリアの小さな声が聞こえたような気がした。
※※※
「……う、ん……」
思わず漏れた声と同時に、千紘がゆっくり
見慣れない真っ白な天井が視界に入ってきて、「ここは一体どこだろうか」などと考えながら、身を
「千紘、起きたか!?」
秋斗の顔が間近にあって、千紘は文字通り飛び起きる。
「秋斗! って……ここは?」
頭を掻きながら少し不機嫌に訊くと、秋斗は待ってました、とばかりに笑みを浮かべた。
「ここは医務室! てかさ、おれたちすごい冒険したんだよ! 覚えてるか!?」
興奮気味に話す秋斗をよそに、千紘は今の状況を整理し始める。
(えっと……)
おそらく、誰かが階段から落ちた自分と秋斗を医務室に運んでくれたのだ。それで今、目が覚めたということなのだろう。そこまではすぐに思い当たった。
ついでに、秋斗の方が目覚めるのが早かったのだということも理解する。
ただ、落ちてからどれくらいの時間が経っているのかまではわからない。
そしてさらに思い返した。
秋斗が言った冒険とやらの話だ。
「……ちゃんと覚えてる」
できれば夢であって欲しかったが、どうやらその望みは叶えてもらえないらしい。
千紘が大きく息を吐きながら渋々頷くと、秋斗は、
「また行きたいよな!」
そう言って、楽しそうに目を細める。
千紘は、一体どこがどう楽しかったのか作文用紙一枚で説明して欲しいと思ったし、遊園地じゃないんだぞ、と説教もしたくなったが、今は
「俺はもう行きたくない……」
とりあえず今はまだ寝ていたい、とでも言いたげに、千紘がごそごそとまた布団の中に潜り込もうとする。
そこに、秋斗のいつもの明るい声が響いた。
「千紘!」
「ん?」
動きを止めて見れば、秋斗が右手を上げている。
秋斗の言いたいことがわかるようになってしまったのは、良いことなのか、それとも悪いことなのか。
ただ、前ほど嫌だとは思わなくなってしまった自分がここにいる。千紘にとってそれは事実だ。
「仕方ねーな」
千紘も同じように右手を上げる。そのまま秋斗の手に重ねるようにして叩くと、小気味いい音が医務室に響く。
その音を合図にするかのように、二人は互いに顔を綻ばせたのだった。
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