第16話 義母は義妹にも変身可能。「どうしちゃったんですかお兄ちゃん?」
「俺を脅してそんなに楽しいか?」
「へ? 何のことですか〜?」
「お前がLINERで送ったメッセージをもう1回見返してから言え」
「んふふっ。まあ落ち着いて下さいよ、これは私からのプレゼントでわざわざ颯流と優希ちゃんが一緒に飯を食べられるように場をセッティングしたものなんですよ?」
「何でまた」
「感謝こそすれど恨まれる筋合いは無いと思いますけどね?」
「っ……そうかよ」
学食の端っこの方に座ってる月愛の目前にカツカレーの大盛りが乗ったトレーを下ろした。月愛の方は上からマヨネーズをぶっかけられた唐揚げ丼の大盛りのようだな……ってそんなことよりも何故こいつは自分の恋敵を応援するようなことを?
「それは有難いけど……お前、何が狙いなんだ?」
「狙いですか。私が私の大好きな人たちに囲まれながら食事をするのは至福の時間だと思いますが?」
「嘘つけ、お前が木下さんのことが好きなわけがないだろ」
「失礼ですね、何でそう言い切るんですか? 教室でも私は良く優希ちゃんともお話をしてると言いますのに」
確かにこいつは休み時間に基本的に誰とも分け隔てなく話してるイメージだな。その目立つ容姿も相まってか2年生からの転校を演出したというのに、すぐにこいつは国際文化科で最も人気な女子の1人として返り咲いたな。それで休み時間になると1日の中で必ず木下さんのグループに混じって雑談などをしたりしてるのだ。
「ますます意味がわからん。なんでお前が木下さんと仲良くしようとするんだ?」
「颯流の好きな人がどんな人間なのかを知りたくて……興味本位ですね」
「あいつに何もしてないだろうな……?」
「ふふっ。颯流ったら私を何だと思ってるんですか? 時々忘れてるでしょうけれど私だって一般的な女子高生ですよ?」
「そりゃそうだが」
「共に利害が一致してるんですから仲良してるんですよ」
「でもなあ」
そもそも友人関係で利害の一致って何だよ、まるで損得関係で友情が育まれてるようで怖いぞそれ。そう思っていると後ろから俺の大好きな声が聞こえて来た。
「月愛ちゃんお待たせ〜! へっ、颯流くんも来てたんだ!?」
「ええ。先に待っていると兄が迷子の子犬のような顔をしながら学食を彷徨っていたので、可哀想だと思って声を掛けたのですよ。あ……すみません優希ちゃん、2人で食事を取るはずが颯流も混ぜる形になってしまって。大丈夫ですか?」
「……は?」
「ううん、困っている人がいたら助けるのは立派なことだと思うよ! ……だから、颯流くんも一緒にお昼ごはん食べるの、よろしくね? えへへっ」
「……あ、ああ宜しく木下さん」
ちょっと待てやゴラ何で俺が来ることを予め木下さんに報告してなかったんだよてめえ……それに兄って何だよ、やっぱりそういう話になるのかよ。まあさすがは有言実行の化け物で本当に引き合わせてくれたようだしこの状況も楽しまなければな。
「……それじゃあ食べよっか!」
「んふふっ、そうですね」
「それじゃあ、」
月愛の隣に座った木下さんがテーブルにハンバーグ定食を置いて、早速合掌した。
「頂きます」
「「頂きます」」
木下さんが先陣をきる形で挨拶をすると俺もすぐに目の前のカツカレーを貪った。やっぱり美味いなこれ……普段から例の絶景スポットでコンビニ飯を食べる日々だったから学食の飯の美味しさを忘れかけていたようだ……いや木下さんの影響だろう。
俺は今初めて、俺の天使と食事をしてるのだ。なんて素晴らしい時間だろうか。もうこのまま一生ここで彼女と飯を食べていたいぞ。例えそれが無言だったとしても俺には十分過ぎるな……そう思っていると木下さんが俺の方を見て笑顔を浮かべた。
「ニャハハ〜月愛ちゃんの言ってた通りだ。颯流くんのスプーンの持ち方可愛いよね〜」
「んふふっ、そうでしょう? まるで幼稚園児で可愛い限りですよね」
「そ、そうなのか?」
「うん、カレーを美味しそうに頬張るところも可愛いよ?」
「……そっか、ありがとう」
何だか照れ臭くなって前を向けなくなってしまった。けど良かった……ひとまずはスプーンの持ち方を批判するようなことを言ってくれなくてホッとしたよ。にしても可愛いと来たか、何だか男として褒められてないような気がしなくも無いんだよな。
すると斜め横から視線を感じたので見たら、月愛がニヤけた笑みを浮かんでた。
『良かったじゃないですか、好きな人にスプーンの握り方の癖を気に入られて』
『ああそうだな。場をセッティングしてくれたことに感謝するけど頼むから余計なことを言わないでくれよ?』
『颯流こそ私との間で決めた筋書きのこと忘れないで下さいね?』
『分かってるって』
アイコンタクトのみで意思疎通をはかる。
長年の付き合いだからいつの間にかこんな特技も備えてたりする。
にしても何でこいつ自分の恋敵とくっつく後押しのようなことをするんだろうな。
「そういえば月愛ちゃんから聞いたよ! 颯流くんって月愛ちゃんの義理のお兄ちゃんになったんだよね?」
「あ、ああそうだな」
「長年も仲良くしてた幼馴染と兄妹になったなんて不思議だよね〜。家ではどんな風に過ごしてるの?」
「そ、それはもう悪戯やらちょっかいを掛け合ってて大変で──痛ぇッ!?」
「と言うのは冗談で今まで通りにスイッチーズで『ファイブラSP』や『オリマーカート』で遊んだり、お気に入りの本を回したりして兄弟仲良く過ごしてますよ」
膝ッ!! こいつ横から俺の膝に蹴りを叩き込んで来たぞそれもめっちゃ痛え。
ブレイクダンス出来なくなったらどうすんだよボケって思いながら睨み返してると、軽く睨み返して来たがすぐに学校用のスマイルを貼り付けた。
『颯流は今マイルドに私が颯流のことを誘惑したりして困らせてる旨を言おうとしてましたよね? しっかりして下さい、女というものは周囲の人間からの評価で男の価値を測るものなんですよ? なので颯流がここで私と仲が悪いことを示唆すれば、優希ちゃんの中で颯流のイメージがダウンしちゃいますよ。それでも良いんですか?』
そういうものなのか?
周りの人間の評価が自分の中にあるその人の評価にも影響するなんて、意味がわからないんだが……ともかく心理学マスターの月愛がそう言うのならそうなんだろう。
『すまん、助かった』
『もう構いません。真実の中にも嘘を混ぜるように意識して下さいね? 仮に家族になったとしても関係性があまり変わらなかった風に言えれば合格です』
『おけ、分かった』
にしても本気で俺と木下さんの仲を進展させる気満々だよな月愛のやつ……。
まあ本人がどんな思惑を抱えているかは知らないが折角のチャンスは掴んでやる。
「へえ〜なるほどね。月愛ちゃんも実はラノベ好きだったりするの?」
「う〜ん、私はどちらかと言えば一般文芸寄りですけど、中にも面白いなって思いながら読んでるタイトルはありますよ」
「へえ、そうだったんだね! 確かに颯流くんの部屋って書籍がズラリと並んでるって前に聞いたことがあるもんね」
「ぷっ。ええ、ええ……それはもう、色んなジャンルの種類の本が並んでますよ〜」
「あ、ああ……俺基本的には本全般が好きだからな」
横を見ればサディスティックな笑みを浮かべた月愛がほんの少しだけプルプルと肩を痙攣させてたから、念のために一瞬だけ鬼の形相で睨んでみた。
『頼むからお前マジで俺の性癖に言及するのは辞めろよ?』
『ぷ、くくくっ。ここで真実をぶちまけたら流石に1週間は口を聞いてもらえなさそうですね?』
『脳内シミュレーションで具体的な数値を算出するのマジでやめろって。俺が社会的に死ぬし、純情な木下さんの心を穢れで染めるんじゃねえ』
『ええ、分かってますよ。それだと面白くないですし』
『は?』
そう疑問に思いながらも木下さんが話を振ってくるのでラリーを続けた。
「そっか〜。私も4歳の弟が居るから分かるんだ。兄妹の仲が良いのって素敵なことだよね〜」
「ああ、俺もそう思うよ」
「ええ、私も兄妹が仲睦まじいのは素敵なことだと思います。そうですよね、お兄ちゃん?」
「ぐおッ」
何だと月愛この野郎……今度はお兄ちゃんだと!? 幼馴染だったはずの女の子が家では俺の母親になり、公共の場では俺の妹に変身するのかよ……マジで脳味噌がオーバーヒートを起こしそうでヤバい。月愛のお兄ちゃん呼びの破壊力が凄まじいぞ。
何で俺は自分よりも1個年上の女の子にお兄ちゃん呼ばわりされてるんだ今……何だか物凄くイケナイ遊びをしてるようで心がざわつく。ああクソ何なんだよこれは。
「へ? どうしちゃったの颯流くん?」
「んふふっ、どうしちゃったんですかお兄ちゃん? ……ほらお兄ちゃん。……お兄ちゃ〜ん? ……どうしてお兄ちゃんは可愛い妹から顔を背けるのですか?」
「くっ……お前わざとやってるだろ?」
「え〜? 妹がお兄ちゃんのことをお兄ちゃんと呼んで何がおかしいんですか?」
「……てめぇ」
連射しやがってとうとう月愛の方を見れなくなったから俺は木下さんの右目でも見ておこう。うん……今日もあなたの二重な瞼が本当に綺麗だな……輝いてるようだ。
「どうしちゃったの颯流くん?」
「いや……何でもないぞ?」
「んふふっ。ちょっとした反抗期かも知れないですね?」
「ニャハハ〜。颯流くんは折角の可愛い妹をあまりにも困らせたらダメだよ?」
「そうだよな……善処するよ」
再び小さく肩を揺らせてる月愛に呆れた視線を送ってカレーに集中した。
すると月愛が爆弾発言とも捉えられるセリフを吐いたのだった。
「まあ、私は颯流のことが大好きなので迷惑を掛けられても全然構いませんけどね」
「はっ!?」
「……へっ」
その告白としか捉えられない月愛のセリフに硬直する俺と木下さんだった。
【──後書き──】
次回も3人の昼休みが続きます。
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