2章 音霧寮は……
6
昨日は音霧寮の皆さんとずっと話していたが、今日から学校なので一人になれる時間が出来ると思う。どうせ人を信じられない私は他人と一緒にいることは出来ないだろうし。
そろそろ寮を出ようと部屋を出る。
「花蘇芳さん、準備出来ましたか?」
「……へ?」
今寮にいるのは私一人だと思っていたのだが、山吹さんが廊下に立っていた。あれ、先に皆さんと寮を出てたと思ったんだけど……。行ってきますと声が聞こえたし。
「担任に案内などを任されていますので一緒に行きましょう。」
「え……?」
一人で行く気満々だった私はその言葉に驚く。寮から学校までの道のりは大体覚えたから一人で多分大丈夫なのだが……
「一人で大丈夫です。」
「私のこと、嫌いですか?」
山吹さんのことが嫌いなわけではないのだ。ただ……誰かと一緒にいるのが怖いだけ。微妙にニュアンスが違うのだ。
「いや、あの、嫌いではないんですけど……」
「じゃあ一緒に行きますよ。」
「……はい。」
言い返せなかった。
学校までの道のりを二人で歩く。ここはどうやら桜並木のようだ。あと一日二日すれば満開になるかな。そうなったら是非ともここでお花見をしたい。ということであとで来よう。よし、決めた!
そう決めた時、山吹さんが話し始めた。
「この学園では転入生を殆ど取らないという噂は有名ですし、多分ご存知ですよね。」
「はい。何故私が転入出来たのか分からないくらいです。」
「きっと学園長は何か考えがあって花蘇芳さんをここに転入させたのでしょう。」
「何故……。」
「ということで、私達から離れないでくださいね。」
「ええ……。」
にこりと笑みを浮かべる山吹さん。何が「ということで」なのか分からないが、人を信じられない私は一人でいなければならないと思うのだが……。
「まずは職員室へ向かいましょう。担任にそう言われましたから。」
「……はい。」
少しの間の辛抱です。少しすれば一人でいる時間が出来るだろうから。
「ここが職員室です。少し待っていてください、担任を呼びますので。」
「はい。」
そう言って職員室の扉を開ける山吹さん。暇なので壁にもたれてぼーっとする。ここを通る人がちらちらと見てくるのだが……私、どこか変だろうか。今はちゃんと黒のウィッグとカラコンをしているので何もおかしな所はないはず。……やっぱり私が転入生だからかな。
そんなことを考えていると、ガラリと職員室から出てきた人がこちらに来た。もしかしてこの方が担任の先生だろうか。
「初めまして。あなたが花蘇芳さんですね。私は担任の
「はい。よろしくお願いします。」
この先生も優しそうだなあ。
「それではクラスの方に向かいましょう。」
「はい。」
私を真ん中にして右に榊先生、左に山吹さんという並びで歩いていく。階段を上り、いくつか教室を通り過ぎた所で榊先生が立ち止まった。プレートには二年A組と書かれていた。ここが私が過ごすクラスだね。
「ここが花蘇芳さんが過ごすことになるクラスです。呼んだら入ってきてください。ほら、山吹は自分の席に着いて。」
「分かりました。花蘇芳さん、先に行ってますね。」
「はい。」
そう言って二人は教室へと入っていった。一人ぽつんと残された私はまたぼーっとする。
教室の中でのやり取りが聞こえてくる。榊先生が転入生の話題を出すとざわざわし始めた。そんな中に入っていくのかと考えるとげんなりする。というか入りたくない。帰っちゃ駄目ですかね。
「じゃあ、入ってきてくださーい。」
まあ、駄目ですよねー。
一つ溜息をついてから、教室の扉をガラリと開ける。
私は一歩、また一歩と歩いて榊先生の隣に立つ。ぐるりと教室の中を見渡すと、どの人もこちらをじっと見つめていて。……あまりじろじろと見ないでほしいです。怖いので。
「では、自己紹介をお願いします。」
「……花蘇芳 藍です。」
ぺこりとお辞儀をする。名前だけの簡素な自己紹介。よろしくとは言わない。誰ともよろしく出来ないから。
もう期待はしない。
「……では、花蘇芳さんは山吹の後ろの、あの空いている席に座ってください。」
こくりと頷いて自分の席へと向かう。あ、窓際の一番後ろだ。なかなか良い席かも。今の時間ちょうど日も当たるから暖かそうだな。夏は日差しが暑くて地獄だと思うけど。
「こちらでもよろしくお願いしますね。」
山吹さんはにっこりと笑って言う。私は誰ともよろしく出来ないけど、
「はい。」
これ以外の言葉は求められていない。ならば一応そう言っておこうではないか。
「じゃあ授業始めるよー。」
この学園での生活が始まった。
こ、怖い。お昼休みになった途端、何故か廊下から教室内を覗く人がたくさんやって来て怖いのです。その方々はどうやら私を見にきているようで。転入生というワードがあちらこちらで飛び交っている。
先程聞こえた会話だって、
『ねえ、あの転入生は音霧なんですって?』
『怖いよねー。なんでこれ以上音霧の生徒が増えるのか理解できないよ。』
『全くですわ!』
とまあ大体こんな感じのものばかり。
音霧の皆さんは怖がられているのだろうか。昨日今日音霧の皆さんと話してみたが、いつもより怖いと感じなかったというのに。そこまで怖がられる理由は何でしょう。
「藍ちゃん、お昼食べよ?」
カタリと私の隣の席に座り、お弁当を開け始める藤さん。
「あ……私、……」
「ん? どしたのさ。」
私、お昼ご飯は食べないんです。そう言おうとしたその時。
「『私、お昼ご飯は食べないんです』、だろ?」
柊木さんは藤さんが座ったその前の席に座りながら裏声でそう言う。私が今言おうとした言葉と一字一句違わない言葉を口にしたことに驚きを隠せない。裏声で、というところも驚きだが。
「え、藍ちゃんご飯食べないの?」
「朝ご飯しっかり食べましたから。」
一日二食で充分足りると思う。もう一食食べる必要性を感じない。というかむしろあと一食減らしてもいいかも。もう口煩く言う人は近くにいないのだから。
「あと一食減らしてもいいとか考えてませんよね?」
私の方を向き、にっこり笑顔でそう言う山吹さん。な、何故それを。声に出していなかったはずなのに。
「もう一食減らすとか馬鹿じゃねえの?」
「へえ、藍ちゃんって馬鹿なんだ。」
「え? あいさん馬鹿なの?」
「……A組なのにか?」
びっくりした。桃さんも福寿さんも来ていたなんて。気付かなかった。
それよりも皆さん、私のことディスりすぎでは? そんなに馬鹿馬鹿言われると傷つく。エートスではあるが一応人間なのだから。
「花蘇芳さんが一日一食でいいなんて馬鹿な発言するからですよ。自業自得です。」
あれ、山吹さんに馬鹿って言われるのが一番堪えるかも。
「ということで花蘇芳さん、お昼ご飯買いに行きましょう。」
「え。……分かりました。」
仕方ないから購買で野菜ジュースとか買って飲めばいいね。
「それだったら学食で食べたら?」
学食に野菜ジュースってあるのだろうか。固形物はお腹いっぱいだから入らない。
「……学食、人多い。」
「ああ、椿人混み駄目か。どこか人がいない場所で待ってるか?」
「………………行く。」
「人嫌いの椿が人混みに……! どんな心境の変化?」
「……花蘇芳が心配だ。」
そんなに心配されることしたかな。ただお腹空いてないって言っただけだよね。
「じ、じゃあ皆で行こっか!」
福寿さんと私以外困惑した表情を浮かべたまま学食に向かった。
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