3

「失礼します。」


 音霧寮にいざ入ってみると、前住んでいたアパートの三~四倍ほどの広さの玄関が。そしてそこには既に二足の靴が置かれていた。大きさ的に女の子のものではなさそう。


 端に靴を揃えたところで廊下の先にある扉へと案内される。


「あー、やっと来た。」


 扉の先にあったのはどうやらリビングのようだった。そこには椅子に座っているふわふわな黒髪に紫色の目を持つ男の人と、ソファに寝転ぶ金髪の男の人。すごくリラックスしているのが私にも分かった。


「茜が待ちきれずに寝ちゃったよ。」

「え、あかねくん寝ちゃったの? 相変わらず自由人だね!」

「すみません。」

「なんで竜胆が謝るのさー。」


 皆さん仲が良いみたい。まあ、そうだよね。中等部の頃から一緒なのだろうし、当たり前だよね。


 ……いいなあ、そういうの。私には仲の良い友達なんていた事がなかったから。友達を作ろうと努力は……しようとしたけど無理だった。皆私から逃げていくんだもの。私に寄ってきたのはよりによって『あの人』だけ……。まあ、人を信じきれない私にも原因はありそうだけどね。


 でもなんで私だけこんななのかな。……ああ、駄目だ。黒い何かに飲み込まれそう……


「……花蘇芳、大丈夫か?」

「……!」


 私の顔を覗き込んだ福寿さんは眉間に皺を寄せている。纏っている雰囲気からして心配してくれていることが分かった。


「だ、大丈夫です。すみません。」


 危なかった。また暴走するところだった。やはりもっと感情を無くせばいいのだろうか。一般人として生活するには。


「……ん。」


 ぽん、と私の頭に乗せた福寿さんの手。その手の温かさにすっと気持ちが落ち着いてきた。不思議、今はもう大丈夫な気がする。


「ありがとうございます。」

「……ん。」


 ほんの少しだけ福寿さんの目尻が緩んだ気がした。ああ、癒し……


「あの椿が……人に触れている? あれ、俺幻覚見えちゃってるのかな。」


 ふわふわさんは目を擦り、何度も福寿さんの方を凝視する。


「藤、これは現実らしいです。私もとても驚いていますが。」


 どうやらふわふわさんは藤さん、らしい。名前にさん付けで呼んだらどこかの山みたい。


「俺は見てたから驚かねえぞ。」

「うわっ、びっくりした。茜寝てたんじゃないの。」


 寝転んでいた金髪さんは茜さん、らしい。ちょっと不機嫌そうだ。もしかして寝起き悪いタイプなのだろうか。


「俺、今寝てるって一言も言ってねえが?」

「だって声掛けても反応しなかったじゃん。」

「面倒くさかった。」

「ええ……」


 茜さんはどうやら面倒くさがりのようだ。


「花蘇芳さん、空いているところに座ってください。ずっと歩きっぱなしで疲れたでしょう?」

「あ……では、失礼します。」


 コの字型のソファの一角に座る。なるべく端に。荷物は足元に置き、邪魔にならないようにする。


 福寿さん、山吹さん、桃さんも思い思いの場所に座り一息ついたところで。


「あとは藤と茜だけが自己紹介していませんから。」

「じゃあ俺から。俺は酸漿ホオズキ フジだよ。是非名前で呼んでね。よろしくー。」

「よろしくお願いします。」


 藤さんは髪だけでなく雰囲気もふわふわしてる。……あ、右目元にホクロ発見。


「俺は柊木ヒイラギ アカネだ。まあ、なんとでも呼べ。」

「分かりました。よろしくお願いします。」


 柊木さんはとにかく目付きが悪い。黒い一対の目が私を突き刺す。な、何か気に触ることでもしたのだろうか。思い当たらないそれにどうしたものかと頭を悩ませる。……あ、自分の自己紹介していなかった。


「私は花蘇芳 藍です。」


 じゃあ藍ちゃんって呼ぼー、とこれまたふわふわした返事をしてくれる藤さん。対して柊木さんは一回頷いただけだった。な、何か私は柊木さんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。


「音霧寮はこれで全員です。これからよろしくお願いしますね、花蘇芳さん。」


 この大きさの建物だからそこまで人数はいないとは思っていたが、私含めて六人か。


 想像していた寮とは少し違ったが、とても温かそうな場所で。いいな、いいな、私もその輪に入れてくれないかな。とほんの少しだけ期待してみるが……まあ人を信じられない私は一人がお似合いだよね。


「はい。」


 それに多分『私』を見れば誰もが離れていくのだから、そうならないためにも隠すしかない。一般人として生きるために。


「……おお、藍、お前寮長と藤と同じA組か。すげえな。転入試験は普通の進学試験よりも難しいって聞くが、それをパスするだけでなく一番頭のいいやつらが入るA組か……お前何もんだよ。」


 目を閉じていた柊木さんがいきなり目を開けて驚いていた。柊木さんに私のクラス話したっけ。……あ、同じ寮生だから事前に知っていたのかな。山吹さんと藤さんと同じクラスなんだね。同じ寮の方が同じクラスなら少し安心。


「ちょっと茜、俺クラス発表何気に楽しみにしてたのにー。なんで先に言っちゃうのさー。」

「そうだと思ってわざと言った。っつーかか藤はどうせ毎年A組だろ? 何を楽しみにすんだよ。」


 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべ、藤さんを挑発しているみたい。私はただただ傍観する。


「茜意地悪いよ。」

「意地悪で結構。俺が楽しければそれでいい。」

「うわー、何その俺様発言。」


 うげぇ、と嫌そうな表情で柊木さんを見る藤さん。


「ふん。……あ、そうだ、藍。」

「はい。」


 つい今まで藤さんと話していたのに急に名前を呼ばれたのだが、一体なんの話だろう。


「『エートス』について話しておく。お前、」


『エートス』


 その言葉を聞いた私は動揺してしまった。


「私は一般人です!!」


 しん、と静まり返るリビング。その静けさに私は我を取り戻す。


「あ……すっ、すみません。大声出してしまって……」


 ああ、どうしよう。誰も何も喋らない。無言の空間が出来上がってしまった。


 と、とにかく冷静さを取り戻そう。大丈夫、大丈夫。一般人だと言ったのだから。深呼吸、深呼吸。


「花蘇芳さん、急にすみませんでした。今の話は忘れてください。」


 気を遣わせてしまった。私個人の事情なのに。


「それよりも……花蘇芳さん。」


 すっと真剣な表情を浮かべる山吹さん。何を言われるんだろうと次の言葉を待つ。


「料理、出来ますか?」

「……へ?」


 予想外の質問に一瞬思考が止まる。あまりにも真剣な表情なので、もっと重要なことを聞かれると思ってたけど……でも料理なら、


「出来ます! ちなみに得意料理はスクランブルエッグです!」


 得意料理も付け足しておいたので料理が出来るアピールは出来たはず。思わずドヤ顔になってしまう。


 そんな風に考えていた私だったが、その考えに反して皆さんはピタッと体が固まる。……何か私変なこと言ったかな。


「ふふっ……」

「ぶはっ!」


 藤さんと柊木さんが笑い出した。え、何故笑うのだろう。今の発言に笑うところ無くない?


「ふじくんもあかねくんも人のこと言えないのに何笑ってんのー?」

「馬鹿力で調理器具壊した桃には言われたくないんだけどー?」


 え、桃さん調理器具壊したの? 馬鹿力で? 先程の走りも人間業の域を超えていたような気がするし、もしかしたら力も規格外なのかも……?


「そうだそうだ。俺は面倒くさいだけで料理出来るからな。」

「茜嘘くさーい。」

「ああ!? 藤てめえ何言ってんだ! 俺だって料理出来るわ! そんなこと言うんならいつか俺が料理作ってやる! 絶対美味いって言わせるからな!」


 ビシッと藤さんを指差して宣戦布告する柊木さん。眉間の皺がすごいことになってます。顔怖いです。


「ちょっとあかねくん、あいさんが怖がってるよ。顔面どうにかして。」

「ああ!? 俺は元からこの顔だ! どうにもならん!」

「茜、それを言ってしまえば私はどうなるんですか。」

「は? 俺と寮長は違う人間だろうが。何を気にすんだよ。」


 山吹さんと柊木さんの雰囲気がピリッと張り詰める。初対面の私にはよく分からない話をしているので口を挟まずに静かにしておく。


「……花蘇芳、柊木と山吹の言い合いは多分もう少し続く。今のうちに部屋を案内しておくが、行くか?」


 こそっと私に耳打ちする福寿さん。確かに荷物を足元に置いていて邪魔になっているよね。案内してもらいましょう。


「お願いします。」


 私も小声で返事をすると福寿さんはこっちこっちと手招きする。私は荷物を持って静かにリビングを出る。

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