第2話 文化祭の準備にトラブルは付き物
「全然進んでないわね…」
誰もいない教室でポツンと呟いたのは、文化祭の準備を一人で行っている結愛だった。クラスの人達は初日こそ勢いが良かったのの、そこからの参加率は悪かった。
展示だと他のクラスの出し物だけを見に行くという印象が強いのか、それともただ単にやる気がなくなってしまったのか、ほとんど1人で準備をしていた。
「ごめん小南さん、俺今日部活なんだよね」
「あ、俺は用事あるんだった」
「私は先生からの頼まれ事があって、」
そんな都合のよい御宅を並べて、クラスの人達は放課後に準備を手伝おうとはしなかった。他人の心を読める結愛には、それが嘘だというのは分かる。
「それは仕方ないわね。そっちの方を優先するべきね」
嘘だと分かった上でニコニコとこう返してしまう辺り、結愛も結愛でダメなのかもしれない。だが、心の中では「面倒くさい」と思っている人達をわざわざ呼び止めたりはしたくない。
そんな人がいた所で作業効率は落ちるだけだし、1人でやった方が効率が良いまである。しかも、この人達はまだマシな方だろう。クラスのほとんどの人が無断で帰ったりしているので、その人達に比べれば、言いに来るだけ良い方だ。
(私がやるしかないわよね、)
こういうのは文化委員が仕切るものなのだと思っていたが、文化委員は他の用事があるらしく、中々設営の手伝いには参加できないらしい。
それでクラス委員の結愛が指揮を取ることになったが、もう誰もいない。これはクラス展示というよりも結愛の個人出し物という方が近かった。
「小南さん、文化祭の準備とか進んでるのかしら?」
結愛が1人で準備を始めてからしばらく経ったある日、結愛は担任と話をしていた。文化祭はいよいよ来週という事になり、担任もその確認を行うようだった。
直接確認しに来ないのは、クラスの生徒達の絆や団結力を信じるためだとか。なので、こうして結愛が直々に近況報告を行いに来ていた。
「準備は、、その、まだです」
「あらそう。なるべく早く終わらせるのよ?文化祭前日とかにバタバタなったらいけないし」
「分かりました」
「私も出来る事があったら手伝うから、何でも言ってね?」
「ありがとうございます」
やり取りを手短に終わらせて、すぐさま教室へと向かった。もう残された時間が少なかった。それなのに進捗具合は良好とはいえない。そもそも結愛は風船を膨らませるのに時間がかかるので、それを使った展示を作り始めるのにすら時間がかかる。
経験すらないので、展示品を装飾したり組み合わせたりするのも考えると、何度も失敗してしまう。まだ半分未満の完成度なので、残り一週間というのは、結愛にとってかなり厳しかった。
(間に合わなかったらどうしよう、)
胸にそんな考えが浮かんできたので、自分で気づかないフリをした。それを認識してしまったら、きっと結愛自身が崩れ落ちてしまうから。
「小南さん、やってたんだ」
結愛が焦ってるのに対し、後方から呑気な声でそう話しかけてきたのは、同じくクラス委員の廉斗だった。こっちの気なんて知らずに、楽そうな顔をしている。
「新城くん?こんな所でどうかしたの?」
結愛は表面上は明るく、相手に不快感を与えないように柔らかに微笑んだ。結愛が文化祭の準備を行なっているのは空き教室なので、廉斗がここに来るという事は何かしらの意味があるはずだ。
それを知りたいつもりもないし、この時期に来るという事は目的は一つしかないが、平然を装うためにも、普段通り接する。
「俺も手伝おうかなって、一応クラス委員だし」
結愛は驚いた。今までクラス委員の癖に堂々とサボってたくせに、よくのうのうとやって来れたなと。そのくせ今になってよく手伝いに来れたなと。
結愛の中の廉斗の印象は、この時に駄々下がりした。結局この人も外側だけなんだ、と。同時に少しだけ不快感も覚えた。
「……別に不要よ?元々1人でやるつもりだったし、」
「え、あーそうなの」
結愛がそう言うと、廉斗はすぐに納得の声を上げたので、そのまま帰ると思った。時間が限られているので、そうしてくれた方が嬉しかった。それでも廉斗は空き教室に残っていた。
「でも俺も手伝うよ」
「………別に、手伝いはしなくていいわよ」
結愛がちょっと冷たい言い方になってしまったのは、今まで来なかった廉斗が善人面していたからだった。自分は誰にも驕らずに1人でコソコソやっていたのに、ただ手伝いに来ただけの彼が良い顔をしているのが気に食わなかった。
もしかしたら彼は本当に用事があったのかもしれない。それでも親切オーラを出されると、良い気分にはならない。
八つ当たりといっても間違いではないが、それをせざるを得ないくらいには、結愛も追い込まれていた。
「もしかして俺が手伝いに来なかった事根に持ってる?」
結愛を覗き込んで言葉を発する廉斗は、悪気を感じている素振りすら見せない。それでいて今の結愛にその言葉をかけるのは、飛んで火に入る夏の虫だった。
胸の中に溜め込んだ物が、沸々と上がって来るのを感じた。
「と、当然よ……!これまで誰も手伝ってくれなかったら、もう誰も来ないと思ってたのよ!」
ここで上手く取り繕って「そんな事ないわよ」そう言えればどんなに良かったか。それでも数日に渡る放課後での1人の準備は、それを許さないくらいに疲弊させた。体だけでなく心も。
一度出てしまった不満は次から次へと脳内に浮かび、それ以外の言葉は出てこない。廉斗が未だに悪びれた様子でないので、結愛は彼にその思いをぶつけてしまった。
「それなのに貴方は善人面してのこのことやって来て!そりゃ嫌でも根に持つわよ!」
今は彼の心が読めなかった。自分の心を落ち着かせるのが精一杯で、心の声が聞こえてはいるものの、他人の心を聞く余裕がなかった。
「そうだよね。ごめん」
彼はガクッと落ち込んだ。結愛からは落ち込んだように見えた。でもそれは彼の自業自得だと思ってるし、少し強く言い過ぎたとは思っているが、申し訳ないとは思っていない。
「でもさ、小南さんだって、俺らに助けを求めなかったろ?」
数秒黙り込んだ彼から出てきた言葉は、妙に結愛の核心をついた。
【あとがき】
・ヒロイン視点ではじまる物語なので多少は違和感があると思いますが、次話もご期待していただけると嬉しいです!
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