第106話 クエスト攻略への下準備

「その条件は――ランクアップクエストの難易度を、Aランク相当にせよ」

「「――ッ!?」」


 アロンの言葉で、エステルとマリィが同時に息をのんだ。

 透は心の準備が出来ていたため、そこまで驚かなかった。それに、無理難題を押しつけられることには慣れている。


『あー、どこの世界も同じだなー』と思ったくらいだ。


「これでもまだ、続けるつもりはあるかい?」


 頷くまでもない。

 答えはもう、決まっている。


 仕事というものは、期待されなければされないほど、不思議とやる気が出るものなのだ。


 これはアロンの策略か、あるいは天然の焚きつけ上手か。

 いずれにせよ、透はやる気になってしまった。


「……そうか。君たちもやっぱり、冒険者(おおばかもの)だね。でも、そんな冒険者が、ボクは大好きだ。一人だって、失いたくはない。絶対に、無事に戻ってきてくれ」

「「はいっ!」」


 こうして透たちは、ランクアップクエストを開始するのだった。



          ○



 ギルドを出た透たちは早速、ペルシーモに心当たりがあるだろう人物に接触することにした。

 自宅に戻り、リビングに入る。


「リリィさん、聞きたいことがあるんですけど」


 リリィは長寿種のエルフということもあり、見た目はまだあどけない少女だが実年齢はかなり高い。

 アロンが口にした『僕と同じだけ長生きな人』とは、リリィではないかと踏んでいる。


(これで知らなかったら、振り出しに戻る……だな)


「ペルシーモって知ってますか?」


 透の不安は、リリィの表情の劇的な変化で霧散した。


「……それを、どこで!?」

「ランクアップクエストで、採取を命じられたんです」

「……トールが?」

「はい」


「……いま、ランクいくつ?」

「Dです」

「…………」


 リリィが信じられないというように小刻みに首を振っている。


 彼女の内心は手に取るようにわかる。

 Dランクの冒険者に、Aランク相当のクエストを出すなど、『死ね』と言うに等しいことだからだ。ギルドがそのような馬鹿な判断を下すはずがないと、誰だって考える。


「どうかしてる」

(わー、懐かしい台詞ぅー)


 ブラック企業に勤めていた頃、数少ない友人に上司からの無茶振りを愚痴ると、よく同じ台詞を言われたものだ。

 当時のつらい記憶を思い出し、透の心がミシミシと音を立てた。


「まさか、冗談?」

「いえ。実は――」


 状況が飲み込めないリリィに、透はかいつまんで事情を説明した。

 すると彼女は小さくため息をつきながら、


「やめたほうがいい。死ぬだけ」

「頼むリリィ殿、教えてくれ!」

「死ぬ気?」

「安全マージンは十分確保します。なので、教えて頂けますか?」


 透はじっとリリィの瞳をまっすぐ見つめた。

 無言の時がしばらく流れた後、リリィが小さくため息をつき、肩を落とした。


「…………地図を出して」

「ありがとうございます!」


 エステルが自前の《異空庫》から地図を取り出し、リリィの前で手早く広げた。


(あっ、そういえばこの世界の地図って初めて見るな。へぇ……、フィンリス周辺ってこんな感じなんだ)


 リリィの細い指がフィンリスと書かれた地点から北東に向かい、とある山の地点で停止した。


「山?」

「そう。レアティス山の中腹にある」


「ペルシーモって、どんな実なんですか?」

「オレンジ色。他に実をつける木がないから、見たらわかる」

「リリィ殿、道中で気をつけることを教えてほしい」

「魔物はBランク以上。道が悪い」


 悪路の中、Bランク以上の魔物と戦わなければならないとなると、まず全力では戦えないだろう。

 現状の透ならば、一体ずつならBランクの魔物でも倒せないことはない。

 だが、複数体となると、どうなるかはわからない。


「あと、万年炎がある」

「万年炎?」

「神代の頃から燃え続けてる炎。これを超える必要がある」

「なるほど。それはどうやって超えれば?」

「魔術でぱぱっと」

「ぱぱっと……」

「……?」


 リリィがこてんと首をかしげた。まるで『なにがわからないのか、わからない』といった風だ。どの世界でも、天才には凡才の疑問が理解出来ないらしい。


(ずっと燃え続ける炎……まあ、なんとかなるか、な?)


 万年炎に似た現象に、透は覚えがあった。

 トルクメニスタンのダルヴァルザ村にある『地獄門』だ。


 地獄門とは、ガス田から漏れ出すメタンガスの拡散を防ぐために火をつけられ、それ以降、五十年以上燃焼が続いているガス・クレーターのことだ。


(万年炎が『地獄門』と同じなら、切り抜ける方法はありそうだな)


 それから透たちは、探索を行う上で欠かせない情報をリリィから聞き出した。

 質問が一段落したところで、透たちは買い出しに行こうと立ち上がった。


「トール。どうしてもペルシーモ採取に向かうなら……」


 リリィの顔には、長い年月を経ようとも尽きることない憎悪。

 そして、ほんのわずかな後悔がにじんでいた。


「アミィには気をつけて」

「アミィ?」

「そう。もし、ペルシーモ採取に向かう道中で、アミィを名乗る人に出会ったら、たとえそれが知り合いだったとしても――」


 低く、どこまでも昏い声が、静かに響いた。






「――迷わず殺して」

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