第98話 重鎮会議

 王城の小会議室には、国王を除いた重鎮が集まっていた。

 皆の顔には、苦いものが浮かんでいた。


 魔人族によって王都が襲撃されてから三日が経った。

 まだ完全復旧とまではいかないが、王都民は通常の生活を取り戻しつつある。


 銀翼騎士団副団長のおかげで、被害が最小限に抑えられたことが功を奏した。


 だが、今回の襲撃は国王の顔に泥を塗った。


 王位継承権発表の儀は、将来のユステルを決定付ける儀式である。

 それを魔人族ただ一人のせいで中止に追い込まれたとあって、ユステル王国の威信は傷だらけだ。


「いますぐ、魔人族に報復するべきだ!」

「しかし魔人族からは、国とは無関係であると親書が届いているのであろう?」

「開戦するにしても、まずは各国に根回しせねばなるまいて……」

「戦の費用は誰が出すのだ?」

「終戦に至る落とし所も問題だな」

「そもそも、今回の事件は銀翼騎士団が、きちんと王都を守護出来ていなかったのが問題ではないか?」

「まあまあ……。副団長が宝具を使って守ってくださったのだから、それ以上は――」


 各の意見がぶつかり合う。

 開戦派は、少数だった。


 国王の面には泥が塗られたが、貴族の体面は無傷だったためだ。


 戦になった場合、費用を出すのも人員を出すのも、すべて地方貴族である。

 貴族は国王に忠誠を誓っているが、利がなければ動かない。


 地方貴族は、いわば街の経営者だ。

 体面を優先するあまり、経営を赤字にしてはあっさり領地が潰れてしまう。

 そのため、開戦派が少ないのだ。


 しばらく白熱した議論が続いたが、最終的には穏健派が優勢で幕を閉じた。


「……して、王都を救った英雄についてだが、処遇は決まっているのかね?」

「はっ、それではご報告致します」


 やっと自分の番が来た。

 銀翼騎士団を代表して、副団長テミスが前に出た。


「今回功績を挙げた二人の冒険者について、銀翼騎士団で評価させて頂きました。報告書の五頁目をご覧下さい」


 会議室に、紙をめくる乾いた音が響き渡る。

 全員が五頁目を開いたのを確認し、テミスは今回の査定を重鎮達に語った。


 下手人はサルヌス。

 魔人族の中では最強クラスの戦士であり、戦闘に長けた人物だった。

 その者を、テミス含めた3名で討伐した。


 もしテミスら3名がいなければ、王都はより甚大な被害を受けていた。


 さらにテミスだけでも、サルヌスは止められなかった。

 トールとエステルが積極的に攻撃したからこその、現在である。


 さらにトールはなにかしらの力を用いて、テミスの傷を癒やした。

(この力は、本人に尋ねても答えてはくれなかった)


 宝具に寿命が吸い取られたテミスは、あのまま死ぬはずだった。

 だが、現在もこうして、生きている。


 いつまで生きられるか、テミスにはわからない。

 だが、テミスはこう思った。


(トールさんの功績を正しく伝えるために、神がオレを生かしてくれたんだ! なれば、残った命はトールさんたちのために……)


 今回、テミスは団長に代り会議での説明役を買って出た。

 なぜなら、必ず反論する者が現われることが、容易に予想出来たためだ。


「だが、トールとやらは劣等人なのだろう? そんな奴に倒される者が、魔人族最強の戦士とは。少々、大仰に過ぎるのではないかね?」


 ほらきた、とテミスは思った。

 トールとエステルの功績を国として正式に決定するためには、この劣等人という素性をどうにかしなければならない。


 実際にトールと顔を合せたテミスでさえ、彼が劣等人だということを、なかなか認められなかったほどだ。

 トールと顔を合せてすらいない者は、トールが劣等人だというだけで、さしたる功績だと認められないはずだ。


 だからこそ、テミスは熱く語った。

 トールが如何に優れた戦士であったかを……。


 しかし、話せば話すほど国の重鎮たちは頑なになっていく。

 さらにはトールだけではない。銀翼騎士団さえも、『劣等人に手助けされる程度の部隊』だと、てこ入れを要求される始末である。


 劣等人の呪縛は、かくも強いものか……。


(なんて頭の硬い奴らだ!)


 テミスが内心毒を吐く。

 いくら説明しても、テミスでは重鎮達を説き伏せることが出来ない。


 諦め掛けたそのときだった。

 小会議室の扉が開かれた。


 その向こう側に佇む人を見た瞬間、テミスは素早く床に膝を付いた。

 他の者も同じだ。椅子に座ったまま、深々と頭を下げている。


「良い。楽にせよ」


 現われたのは、ユステル国王その人であった。


「陛下。どうしてこちらに……?」

「通りかかった時に、声が聞こえてな」


 国王は堂々たる足取りで歩き、一番奥の席に座った。


「功績を挙げた者に対する褒美の話か」

「さようでございます」

「うむ。ならばテミスが言う通りにせよ」

「――し、しかし陛下。お言葉ですが、この者は劣等人にございます。劣等人には過ぎたる褒美でありましょう。国の者にも、良くない影響を与えてしまうやもしれません」


 宰相が陛下に具申した。


「だがな、ユステル王都を救った英雄なのだ。たとえ劣等人であろうとも、成した事には相応の褒美をやらねば、体面が保てぬわ」

「……し、しかし」

「宰相よ。お前の気持ちはわかる。なれば、こうしようではないか――」


 そこで提案されたものは、王国として例を見ないものだった。

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