第96話 命の祈り

 草木で視界を覆い矢を放ったが、男はすべて剣で払い落としてしまった。


「……いや」


 透は首を振る。

 たとえ矢が貫いたとて、男にはダメージが入らない。

 それは先ほど【魔剣】が男をすり抜けたことからも明らかだ。


【魔剣】では、男は倒せない。

 ――ならどうすれば?


 刹那の間に全力で頭を回転させる。


【魔剣】ではダメージが与えられない。

 かといって、魔術は街を破壊する可能性があるので使いたくない。


 ――なら、その二つを合せたら?


 思いつくと同時に、透は【魔剣】に《ファイアボール》を纏わせた。

【魔剣】は驚くほど素直に、《ファイアボール》を受け入れた。

 あたかも、これが本来の使い方であるかのように……。


>><魔剣術Lv1>修得


 準備は、整った。

 透は剣を構える。


 視線の先では、エステルが男に一撃を入れた。

 男が反撃を行うが、エステルは宙を蹴って離脱した。


 エステルと、視線が合う。


「トール!!」


 叫んだ瞬間、


「――縮地」


 透は地を蹴った。


 巨大な風魔術の塊を受け、透の体が急加速する。

 カタパルトのように飛び出した透が、【魔剣】を腰だめに構えた。


 20メートルの間合いが、瞬き一つでゼロになる。

 透の殺気に気づいたか、男が首を回した。


「う、おぉぉぉぉ!!」


 崩れた体勢を無理矢理動かし、男が体を捩る。

 だが、透は冷静にその動きを見極めた。


「はぁぁぁっ!!」


 裂帛の声とともに、透は【魔剣】を、男の胸に突き立てた。

 瞬間。


 ゴウッ! と炎が体からあふれ出した。


 自らの炎に焼かれそうになり、透は慌てて退避。

 口と胸から真っ白い煙を上げながら、男が透を睨み付ける。


 その目には、未だに消えぬ殺意と憎悪が渦巻いている。


(これでも、まだ足りないのか……?)


 油断せず構える透の目の前で、男がゆっくりと膝を付き、倒れた。


 男が立ち上がる気配は感じられない。

 ゆっくり三十秒数えて、透は戦闘態勢を解いた。


「…………ふぅ」


 安堵の息を吐き出した、その時だった。

 突如として透の脳裡に、覚えのない光景が流れ込んできた。


 血塗られた部屋。

 目の前には、幼い子どもが倒れている。

 くちゃくちゃと、咀嚼する音。


『お、とう、さ……』


 子どもが、か細い声を発した。

 父は我が子の体を、一心不乱に食べていた。


 その父は、透が倒した男だった。

 だが、目が違う。

 まるで何者かに操られているかのように、男の瞳は虚ろだった。


「――ッ!?」


 はっと息を吸うと、透の意識が現実に戻って来た。


「な、なんだったんだ……?」

「トール。やったのだな!」


 首を傾げる透の下に、エステルが駆け寄ってきた。

 ポニーテールがぶんぶんと、元気よく横揺れしている。


「お疲れ様、エステル」

「ああ、お疲れ。ところでトール。やはりこいつは悪魔だったのか?」

「いや……」


 透は首を振る。


「たぶん、悪魔じゃないと思う」


【魔剣】はエアルガルドに住む、〝人族にのみダメージを与えられない武器〟だ。

 もしこの男が悪魔なら、透の【魔剣】がすり抜けることはなかった。


「その言葉が本当なら、魔人族の可能性が濃厚ですね」

「テミスさん!? だ、大丈夫ですか……?」

「心配してくれてありがとう。トールさん、エステルさん。今回の戦闘は、とても助かりました」

「いえ……。その、魔人族というのはもしかして、東にある国の?」

「その通りです」


 テミスが頷いた。

 以前、フィンリスの森に入る時に、透はエステルから魔人領について耳にしていた。


「彼は結界の影響を受けていることを否定しませんでした。結界の影響を受けるのは、体内に魔石がある者だけです。魔人は体内に魔石が生まれる種族の総称ですから、もし彼が悪魔でなければ、魔人族しかありません」

「なるほど」


 テミスの説明に、透は頷いた。


「う……カフッ!!」

「て、テミスさん!?」

「テミス殿、しっかりするのだ!」


 突然、テミスが口から大量の血液を吐き出した。

 崩れ落ちるテミスの体を、透は慌てて支える。


「まさか、戦闘の傷が……」

「いえ……。戦闘の傷では、ありません。これは、宝具を使った、代償です」


 テミスが自らの宝具の能力と、その代償について手短に語った。

 だから、心配しないでほしいとも。


「だってオレは、王都の盾となって死ねるのですから。これ以上の誉れは、ありませんよ」

「そんな……」


 彼は既に寿命と引き換えに、壮絶な力を発動した。

 これを救うことは、人間である透には出来ないか。


 ――いや。


 透は意を決し、スキルボードを取り出した。

 命を賭して王都を守った人が、こんな悲しい結末を向かえて良いはずがない。


(最後まで、諦めない!!)


>>スキルポイント45→0

>><法術Lv9>取得


 リリィ曰く、回復は法術の分野だ。

 法術は神に祈ることで、奇跡を降ろす力である。


(お願いします……神様。テミスさんを、助けてください!!)


 透の中から、気力がごっそり抜け落ちる感覚があった。

 それと同時に、テミスの体が柔らかく光り出す。


「こ、これは――!?」

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