第90話 後悔しない今を選び取る
「「「――ッ!?」」」
爆音は、透の体を揺さぶるほどのものだった。
音の振動で体勢を崩さぬよう、透は腰を僅かに落とした。
そして、即座に音のした方を見る。
ユステル王都中心部から、黒い煙が立ち上っている。
爆発の残響が消えてから、通りを埋め尽くした市民が悲鳴を上げた。
音のした方とは逆方向へと、一斉に逃げて行く。
透はその人の波に押し流される。
これでは中心部に向かうことさえ出来ない。
「エステル!」
「――!?」
透がエステルに目で合図を送った。
次の瞬間、透は跳躍。
高く舞い上がり、民家の屋根に降り立った。
遅れてエステルが、透の横に降りた。
「一体何があったのだ!?」
「……わからない。でも、火事ではなさそうだね」
煙の上がり方が、火事のそれとは違う。
再び、爆音が響いた。
音と同時に中心部の家が崩れ落ちる。
「トールさん、エステルさん。即座に現場に向かいましょう」
いつの間にか屋根に登っていたテミスが、深刻な声で二人に告げた。
「緊急事態です。銀翼騎士団副団長として、お二人に抜剣を許可します。状況を見て、各自判断で抜剣してください」
「わかりました」
「ああ!」
三人は屋根伝いに、街の中心部へと走り出した。
中心部に近づくにしたがって、魔力がだんだんと濃くなっていくのを透は感じた。
透らと同じように下の道は通れないと判断した冒険者や騎士団員が、屋根伝いに中心へと向かっている。
だが、一定の距離まで近づくと、皆が足を止めていた。
(なんですぐ中心に降りないんだろう?)
透は疑問に眉根を寄せた。
その理由がわかったのは、中心部まで50メートルと迫ったときだった。
「――うっ!?」
「――なっ!!」
透とエステルが、同時に足を止めた。
中心部に向かうに従って漂い始めた魔力が、ここへきて悍ましいほどの量になっていた。
それだけではない。
魔力の持ち主であろう男が、破壊された街中に佇んでいた。
その姿を見た瞬間に、透は凄まじい怖気に見舞われた。
透の<察知>スキルが、全力で『近づくな!』と警告している。
漂う魔力と殺意が、チリチリとうなじに突き刺さる。
家が崩れ落ちた土埃と一緒に、血の臭いが漂ってきた。
中心部には、巻き込まれた者達の亡骸が散らばっていた。
どれも、原型を留めていない。
逃げ遅れた人が一人、また一人と、男の手により躯に変えられていく。
これ以上は、キルゾーン。
安易に踏み込めば死ぬだけだ。
それがわかるから、この場に集まった誰も、これ以上接近出来ないのだ
「……酷い」
エステルが、ぽつりと漏らした。
その声は、とても震えていた。
「あれが、悪魔なのか……?」
エステルの言葉に、透はゾッとした。
悪魔――リリィ曰く、最低でもレベル70の化物だ。
遠目には、中心部にいる男は人間と大差ないように見える。
だが、纏っている魔力が、明らかに普通の人間ではない。
身体能力もそうだ。
男は、素手で人間を引きちぎっている。
あれが人間だとは、透にはまったく思えなかった。
「……お二人とも、もし動けるようでしたら、逃げ遅れた市民をお願いします」
「て、テミスさんは」
「オレはユステル王都を守護する銀翼騎士団副団長ですよ」
街を守るためならば、命なぞ惜しくない。
テミスの瞳が、そう語っていた。
透らの返答を待たず、テミスがキルゾーンに飛び込んだ。
透はテミスの後ろ姿を眺め、エステルを見る。
エステルは、ぺたんと腰を落としていた。
白い素肌は真っ青になっている。
コンマ1秒。
逡巡した透は、スキルボードを取り出した。
>>スキルポイント:536→45
>>【強化+8】→【強化★】
>>【身体強化+5】→【身体強化★】
>>【魔力強化+5】→【魔力強化★】
>>【自然回復+5】→【自然回復★】
>>【抵抗力+5】→【抵抗力★】
>>【STA増加+5】→【STA増加+7】
>>【MAG増加+5】→【MAG増加+7】
>>【STR増加+5】→【STR増加+7】
>>【DEX増加+5】→【DEX増加+7】
>>【AGI増加+5】→【AGI増加+7】
>>【INT増加+5】→【INT増加+7】
>>【LUC増加+5】→【LUC増加+7】
ギリギリまでポイントを使って、基礎スキルを底上げする。
余ったポイントは、実際に戦ってみて足りない部分を補うために残しておく。
「エステル。無理をしないで、なるべく安全な場所まで退避して!」
「と、トール!? ま、まって――」
エステルの言葉を聞かず、透は悪魔と思しき男の下へと全力で跳躍する。
瞬間。
(うおっ!?)
屋根瓦を吹き飛ばして、透が飛び上がった。
これまでとは、力の最大値がまるで違う。
以前、基礎スキルに振ったときは、ここまで大きな違いは体感出来なかった。
以前の透と違うのは、レベルだけである。
(ということは、この基礎スキルって、レベルの値を参考にしたプラス補正か)
基礎スキルに関する考察を、僅かな間で行い、すぐに気持ちを切り替える。
透が現在出来る、これが最大限だ。
これでダメなら、もうなにをしてもダメである。
本来であれば、透も退避して良かった。
透は冒険者であり、騎士団員ではないのだから。
透は劣等人と呼ばれる存在だ。
(僕が行っても、なんの役にも立たないかもしれない)
それでも透は、動いた。
知人(テミス)が死ぬかもしれない時に、なにもしない。
命惜しさに出来ることさえやらなければ、透はきっとそんな自分を許せなくなるから。
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