第84話 王都で欲しいもの
「……んっ、なんだろう?」
王都の門をくぐった時、透は僅かに違和感を覚えた。
それはまるで薄い膜を突き破ったような感覚だった。
「どうしたのだ、トール」
「いや。王都に入るとき、なにか変な感覚があったなーって思って」
「ああ……。それはきっと、王都の結界なのだ」
「結界?」
エステルの言葉に、透は首を傾げた。
「この王都には、王城を守護するための結界がいくつか張られているのだ。おそらくトールが感じ取ったのはその一つ、魔石毒の結界だろう。強い魔物が入ると、魔物の魔石に毒が蓄積されていって、すぐに身動きが取れなくなるのだぞ」
「へぇー。そんな結界があるんだね。あれっ、でも王都の結界をどうしてエステルが知ってるの?」
王都を守護する結界ともなれば、セキュリティレベルが非常に高い情報ではないか?
透の疑問に、エステルが首を振る。
「この結界だけは、内外に周知されているのだ。魔石を持つ種族もいるからな」
「なるほどね」
情報を公開しなければ、観光に来た魔石を持つ種族が訳もわからないまま次々と斃れていくに違いない。
「あとは、弱い魔物の魔石には反応しないのだ」
「えっ、どうして? シルバーウルフみたいな魔物が入り込んだら大変じゃない?」
「そうだが、王都でもスライムが飼育されているからな」
「あっ……そう言われるとそうだね」
スライムは人間の生活になくてはならない存在だ。
これまで結界毒に侵されてしまうと、王都の下水や残飯処理が出来なくなってしまう。
「うまく考えられてるんだなあ……」
しみじみと呟きながら、透は王都に足を踏み入れた。
ユステル王国の首都ユステルは、フィンリスを凌ぐほどの巨大な都市だった。
ユステルは5つの街から成る、複合都市だ。
住民は20万人を超え、その広さや直径10キロメートル以上ある。
城門を抜けると、遠くにある巨大な建築物が目に入る。
ユステル王国のシンボルである王城だ。
「はえ~」
巨大な王城を見て、透は感嘆のため息を吐いた。
遠くからでも大きく見えるのだ。近づいたら人間など米粒のようになってしまうに違いない。
王都の街並みは、フィンリスよりも立派だった。
大通りの見える場所すべてが石造りなのだ。
外壁は白、屋根は赤に統一された街並みは、フィンリスでの生活に慣れた透さえも魅了させた。
「木造も味があって良いけど、総石造りもまた良いなあ」
透はエステルに置いて行かれぬよう、注意しながら歩く。
この構図は、初めてエアルガルドを訪れた日と一緒だ。
まだ1ヶ月も経っていないが、ずいぶん昔のように感じる。
それだけ透は、密度の濃い時間を過ごしていたのだ。
「エステル、いまはどこに向かってるの?」
「まずは宿を確保しようと思ってな」
「なるほど」
エステルは王都の道を、迷いなく歩いて行く。
足取りが非常に確かだ。
しばらく歩くと、一軒の宿にたどり着いた。
かなり大きく、立派な宿だった。
「ごめんください。部屋は空いているか?」
「いらっしゃいませ。ただいま確認いたしますので、少々お待ちください」
受付の対応も良い。
非常に格の高い宿だ。
お金は間に合うだろうか?
透は不安に思う。
透の不安とは裏腹に、宿代は1泊銀貨1枚だった。
透が家を手に入れる前に使っていた宿と比べると高いが、王都にある宿としては決して高くはない。
一人部屋を2つ確保し、それぞれの部屋に一旦向かう。
部屋に入り、透は<異空庫>から自分の荷物を取り出した。
その時だった。
「……ん?」
腰に付けたポシェットが、僅かに振動した。
不思議に思い、透はポシェットを逆さまにする。
すると、
「……ピノ?!」
ポシェットの中から、紫色の核を持つピノがころんと飛び出した。
透はピノをフィンリスの家においてきた。
ピノが部屋の中で体をプルプル揺らすのを見て、『いってらっしゃいって言ってるのかな?』なんて透は目尻を下げたものだ。
ピノは透の部屋にいる。
それを確認して家を出た。
出て来たはずだったが、何故かポシェットからピノが出て来た。
「一体、いつの間に……」
「(ぷるぷる)」
付いてきちゃった、とでも言うような揺れ方に、透の胸が思わずきゅんとした。
うっかり、何もかもを許して抱きしめたくなったが、それはそれ。これはこれだ。
「部屋で待っててって言ったのに、付いてきちゃだめでしょ?」
「(ふるふる)」
「ん、寂しかった? むー」
そう言われる(?)と、追求しにくい。
しばし悩んだ透だったが、愛くるしく揺れるピノの姿に、結局すべてを許して受け入れるのだった。
夕食の時間に、透は一回にある食堂に赴いた。
エステルと待ち合わせ、一緒に食事を取る。
食事は、透が宿泊していたフィンリスの宿と同じ程度だ。決して美味しくはない。
ここ数日で舌が肥えてしまったか。エステルが半分残ったステーキを突いてばかりで、食べる気配がない。
透もステーキを半分食べたきり、水ばかり飲んでいる。
ピノはというと、ステーキを一枚まるごと呑み込んだが、どこかふて腐れたように透のポシェットに逃げ込んだ。
――スライムにとっても美味しくなかったらしい。
「まさか、ピノが付いてくるとは思わなかったぞ」
「うん……。依頼には支障が出ないようにするから、一緒に移動しても良い?」
さすがに宿にピノを置いておくわけにはいかない。
万が一宿の職員に見つかれば、連れて行かれる可能性がある。
(ピノが宿の残飯入れに放り込まれるかもしれない……!)
本当に残飯入れに入れられるかどうかは不明だが、外に放り投げられるか、虫のように潰されるか。いずれにしても良い結果にはならないはずだ。
「別に良いのではないか? 今回は討伐依頼ではなく、警邏なのだ。人を襲うようなマネをしなければ、一緒に居ても問題ないだろう」
「そっか。ありがとう」
エステルがピノの同行を受け入れてくれて、透はほっと胸をなで下ろす。
「ところで、明日の予定なのだが。どこか行きたい場所はあるか?」
「ん? 銀翼騎士団の本部に行くんじゃないの?」
「行くには行くのだが、約束の日時は明後日だ。予想以上に早く着いて、一日余ってしまったのだ」
「先に顔を出して、受付だけしてもらうとかは?」
「銀翼騎士団は暇ではないのだぞ。予定外の時間に尋ねても、迷惑になるだけだ」
それもそうか、と透は考える。
ふと自らの足を見て、透は顔を上げる。
「それなら、靴が見たいかな」
「靴?」
「うん。今回の移動で、いよいよガタが来ちゃったみたいなんだ」
そう言って、透は苦笑した。
透が履いている靴は、以前からリッドが使っていたものだ。
猟師を営んでいただけあり、リッドの靴は衣服とは違いしっかりしたものだった。
それでも透の酷使に耐えきれず、靴底がめくれるようになってしまった。
つま先も、穴が空きそうなほど薄くなっている。
それもこれも魔物との戦いで、ストップ・アンド・ゴーを繰返したせいだ。
決して透の使い方が悪かったのではない(と思いたい)。
「透の靴は、戦闘用か?」
「いや、違う……と思う」
「なら、ダメになってしまうのも無理はないな」
エステルが苦笑した。
どうやら、透の使い方が悪かったわけではないようだ。
透はほっと胸をなで下ろす。
「私のものも戦闘用なのだが、もう購入してから三年が経つ。そろそろ、より良いものに買い換えるか……」
エステルが腕を組み、腹をくくったかのように表情を引き締めた。
「そうだな……。うむ、丁度良いか」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。戦闘用の靴を取り扱っている商店を、〝偶々〟知っていてな。明日はそこに顔を出すとしよう」
「うん。それじゃあ、また明日」
そう言って、透らは自らの部屋に引き上げていく。
テーブルの上に残った皿には、最後まで食べきれなかったステーキが、寂しげに残されていた。
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