第29話 あと始末

 受付フロアに戻った透は、エステルの姿を探す。


「おおい、トール。こっちだ」


 エステルがカウンターの一番端で手を振った。


「おまたせ。査定は終わった?」

「ああ。ところでトール。フィリップの奴になにか言われなかったか?」

「……ううん。なにもなかったよ」


 透はなにもなかったことにした。

 下手に説明をしては、自らがフィリップに【魔剣】を振るったことを自白してしまいかねない。


 フィリップが無事だったので大事にはならないが、透はエステルを無用に心配させたくなかった。


「それでなトール。魔石の買取価格がすごかったぞ。なんと銀貨50枚にもなったのだ!」

「おおー!」


 魔石の値段だけで銀貨50枚は破格だ。

 Cランク・Dランクの魔物はずいぶんと割が良い。


 精霊結晶1個で銀貨10枚を思うと安いように感じられるが、あれはボーナスアイテムのようなものだ。

 そうそう狙って手に入れられるものではない。


「良かったねエステル」

「んん? いや、これはトールのものだぞ」

「えっ? いやいや、エステルがいなかったら魔石のことなんて判らずに放置してたんだから、エステルのお金でしょ?」

「そんなわけあるか! ロックワームは透が倒したのだぞ? これはトールのお金に決まってる」

「うーん。じゃあ、半分こで」


「いや、しかしな。私はロックワーム戦でなんの活躍もしてないのだぞ……」

「パーティなら、貢献度なんて関係ないでしょ?」

「っ!? うっ、あー、うん、そう、だな」


 透の言葉で、エステルが目を白黒させ、ぽっと花が開くように頬が朱に染まった。


「なんだか勢いで決めちゃったけど、エステルは僕とパーティを組んでも良かった?」

「も、もちろんだ!」

「なら、これから宜しくね」

「ああ。宜しくたのむ」


 透が手を差し出して、エステルがその手を握った。

 こうして透は、エステルとパーティを結成したのだった。



 いまは亡きリッドが、この光景を見たらどう思うだろう。

 透はふと、そんなことを考えた。


 黒髪黒目でも嫌われず、差別されない場所で、普通に接してくれる人と出会い、助けてくれる人がいて、パーティを組んでくれる人がいる。


 リッドの魂はもう、この世界にはないのだろうけど、


(リッドが見られなかった世界を見る)


 そんな第二の人生も、悪くないかもしれない。


          ○


「あらあらー。ずいぶんと手ひどくやられちゃいましたねー」


 のんびりとした声が背後から聞こえた。

 人間にフィリップと呼ばれていた者――分霊カイムは、はっとして振り返る。


 そこには、闇から浮かび上がるように、真っ黒いローブを身に纏った者がいた。

 声のトーンから女性だろうと思ったが、フードを目深に被っているせいで素顔が伺えない。


 ――追っ手か?

 僅かに身構えたカイムだったが、その者の雰囲気に心当たりがあった。


「……また、体を替えたのかアミィ」

「あー、わかっちゃいましたー? 少々ネズミさんが鬱陶しかったのでー、ちょろっと魂を縛ってみたんですがー、この体、なかなか性能が良いんですよー」

「そ、そうか」


 まるで新しい〝ベベ〟を自慢するかのように、その者はくるりと回転した。

 アミィは人の体を自由に〝着替え〟られる。


 まるで服やアクセサリーのように……。


 神が生み出した魂と人体の冒涜も厭わない。

 間違いない。この者は、カイムの仲間だ。


「あれれー? その体の精神、壊れてるじゃないですかー。下手をすれば、生きたまま体が腐り落ちますよー?」

「くっ。そうだな」

「一体全体、どうしたんですかー?」

「この男が我の行動をギルドに全て暴露しそうになってな。こうするしかなかったんだ」


 こちらの魂が弱った隙を突かれ、一瞬ではあるが体の主導権をカイムからフィリップに奪い返されてしまった。

 黙っていればすべてが丸く収まったものを……。フィリップが保身に走らなかったのは、想定外だった。


 フィリップの精神を握りつぶさねば、いまごろ森の奥の鍾乳洞でこっそりロックワームを飼育していたことも、冒険者ギルドの勢力を弱体化させようという目論見も、その後の企みも、すべてが白昼の元に曝されていた。


「はあー。時間をかければフィンリスなど確実に潰せると豪語しておきながらー、この体たらくですかー」

「我はうまくやっていた! 間違いなく、計画は予定通りに進んでいたのだ! 計画が狂ったのは、すべてあのガキのせいだ……!!」

「そうそう。あなたの魂を削ったその……子ども? 一体何者なんですかー?」


「知るかっ!! しかし、ああ、あれは神の強い加護を受けてる。六神のうちのどいつの手先かはわからないが、奴が力を出した時、神が降臨した気配を感じたから間違いない」

「なるほどー。さすがに我々が動けば、神も動きますよねー」


 そう言って、アミィは空を見上げた。

 白い。あまりにも白い素肌が僅かに露わになった。


(こいつ……本当に生きているのか?)


 アミィは仲間だ。

 だがカイムはその容を見て身の毛がよだった。


「まー、良いでしょう。後始末は私に任せてくださいー」

「恩に着る! 我はしばらくフィンリスを離れ、魂の回復に努めようと思う」

「了解しましたー」

「では、我はこれにて……」


 カイムがフィンリスの闇の中に消えていった。

 その背中を見送って、アミィはローブの下に隠しておいた短剣を抜き、ニッと口元を歪ませた。


「平穏無事に、フィンリスを出られれば良いですねー」

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