第24話 森を出てから小休止
戦闘が終わり緊張の糸が切れると、トールは軽い立ちくらみを覚えた。
少々魔力を使いすぎたらしい。
「と、トール。凄いじゃないか!」
「けほっけほっ! なにするのさエステル」
油断しているところ、エステルに背中を叩かれ透は激しく咳き込んだ。
「どうしてそんなに冷静なのだ? トールはCランクの魔物を倒したのだぞ!」
「そうなんだ……。さすがにちょっと疲れたかな」
「ちょっと疲れるくらいで済んでることが、凄いことなのだがな」
エステルが苦笑した。
たしかに、これだけで済んで良かったと透は思った。
実力は透が僅かに上だった。
だが、透は戦闘経験が圧倒的に不足している。
ロックワームの親が予想外の行動に出れば、透は対処出来なかった可能性が高い。
たとえば突然、標的をエステルに変更していたら……。
透は己の想像に、ぶるっと体を震わせた。
今回ほとんど無傷で倒せたのは、運が良かった。
次に同じくらいの強敵と戦えば、大けがを負うかもしれない。
「まずは防具を整えないとなあ……」
「ああ、そうだな。Cランクの魔物を防具も着けずに倒したなど、誰が聞いても頭おかしいと言うぞ? 防具も着けずに魔物と戦う者など、酔っ払いくらいしかいないからな」
透は<異空庫>から水を取り出し一気に煽る。水分がゆっくり体に染み渡ると、ほんの少し気分がすっきりした。
透が休憩しているあいだ、エステルは魔物の骸に剣を突き立てていた。
「なにしてるの?」
「魔石を取り出しているのだ。魔物には魔石がある。これをギルドに持ち込むと、良い値段で購入してくれるのだ」
「そうなんだ。……あれ、そういえばゴブリンの時は取らなかったね」
「ゴブリンから得られるのはクズ魔石だからな。売っても二束三文にしかならないのに、服が血で汚れれば買い換えねばならなくなる。よほどお金に困った冒険者でない限り、ゴブリンは解体しないのだぞ」
「なるほどね」
以前、ゴブリンの血肉が付着した時、透は服をすべて処分した。
水で洗ってみたのだが、ゴブリン臭が取れなかったのだ。
クズ魔石しか取れないのに衣服がダメになっては大赤字である。
わざわざ魔石を抜こうと思う冒険者が少ないのも頷ける。
体力が回復すると、透も解体に加わって魔石を集めた。
ロックワームの魔石は親指サイズほど。対してクイーンロックワームは野球のボールほどとかなり大きかった。
それらを麻袋に詰めて、<異空庫>に放り込む。
「他にはなにか剥ぎ取るものはある?」
「うーん。ロックワームもクイーンも、外皮が防具に使えるのだが……、正直売り物になりそうなものはないな」
「なんか、ごめん」
ロックワームは、透が【魔剣】でズタズタに切り裂いた。虫は生命力が高いという思い込みから、入念に叩き潰したのだが、少々やりすぎた。
かといって半端に手を抜けば、倒したと思ったロックワームから逆襲を受けかねない。
丁度良く倒し切るさじ加減は、戦闘経験の少ない透には難しかった。
バラバラになったロックワームとは違い、クイーンは焼けてない外皮を探す方が難しい。こちらは手加減する余地もなかった。
戦闘に慣れれば素材は綺麗なまま、命だけ刈り取ることも出来るようになるだろう。それまではしばらく同じことを繰り返しそうだ。
「素材を残しつつ魔物を倒すのって、難しいんだね」
「それも含めて、冒険者のスキルだからな。上に行くなら必須技能だ。今から意識して学んでいけば良い。そのための下積みなのだ」
魔石の回収を終え、透たちはフィンリスに向かって歩き出した。
やはり三日間の野宿生活で体力が衰えているのだろう。エステルの足が重い。
いつもは元気なポニーテールも、今日はずいぶんと大人しい。
そんな彼女の歩みに合せ、透は歩む速度を落とした。
「そういえば、エステルが受けた依頼は完了した?」
「ああ。この所、シルバーウルフが頻繁に見られるようになった原因は、おそらくロックワームが原因だったのだろう。ロックワームが森の奥から現われた。それを察知したシルバーウルフが、ロックワームから逃げるように移動した。結果、森の浅い場所に生息するシルバーウルフの総数が増え、目撃情報が相次いだのだろうな」
「なるほど」
「ロックワームがこの辺りに現われたのは、おそらくゴブリンのせいだと思っている」
「ん、なんでゴブリンのせいなの?」
「ロックワームはゴブリンの肉がなによりの大好物なのだ」
「うえぇ……」
ゴブリンの酷い臭いを思い出し、透は顔をしかめた。
あれが好きだなんて、とても信じられない。
「ゴブリンってどこにでもいるイメージがあるけど、この辺りにしかいないの?」
「いや。ゴブリンの生息域はエアルガルド全土に広く分布してるぞ」
「なら別に、ゴブリンのせいでここに来たとは言えないんじゃない? もしかしたら別の場所に行ってたかもしれないんだし」
エステルはやんわりと首を振った。
「そうではなく、ほら……私たちが、つい最近沢山ゴブリンを倒しただろう?」
「あ、あー……」
以前、透はゴブリンの大群を倒していた。
その死体の臭いに誘われて、ロックワームはこの場所に場所やってきたのだ。
「ゴブリンの死体を焼いていれば、こうはならなかったかもしれないのだ……」
エステルがしゅんとして、力なく首を振った。
一連の流れを素直にギルドに報告すれば、どのような沙汰が下るかわからない。
だが、一因について言うならば透も同じだ。
透はクイーンを鍾乳石の崩落に巻き込んだが、確実に仕留められなかった。念のために出入り口を塞いだが、クイーンは崩落から生き延び、鍾乳洞から脱出した。
もしエステルに責任があるのなら、クイーンやロックワームがいたことをギルドに報告しなかった透も同罪だ。
もちろん、そんな馬鹿馬鹿しい話はない。当時冒険者ではなかった透に、冒険者としての責任はない。
それと同じ理由で、〝冒険者でない透が倒したゴブリンの後始末〟に、エステルが責任を負う必要もないのだ。
「それにしても、ゴブリン討伐に出て大群に遭い、今度は調査依頼でロックワームに遭遇か。はは、私はついてないな……」
「まあ、冒険者なんだしそういう時もあるんじゃないかな」
「そうだな。ただ、トールに出会えたことは僥倖だったのだ。もし出会えていなかったら、私はいまここにいないからな」
運が悪いと嘆いていた時とは打って変わって、エステルが純粋な笑顔を浮かべた。
その笑顔に、透は気恥ずかしさを覚えてぷいっとそっぽを向いた。
森を出たところで、エステルが突然腰を落とした。
「……す、すまない。気が緩んだら、腰が抜けてしまった」
エステルの顔色が非常に悪い。目がうつろで、首が据わっていない。
日の光に照らされてわかったが、エステルの目の下にははっきりと隈が出来ていた。
森の中で彷徨って三日間。ろくに眠れなかったに違いない。
「少し休んでいこうか」
「すまない。一時間ほど仮眠をさせてくれるとありがたい。見張りを頼めるか?」
「もちろん」
透は周囲の警戒を始める。エステルが横になり、目を閉じた。すると――よほど眠たかったのだろう。すぐにエステルの寝息が聞こえてきた。
透はエステルが確実に眠っているのを確認し、スキルボードを展開させた。
○ステータス
トール・ミナスキ
レベル:15→20
種族:人 職業:剣士 副職:魔術師
位階:Ⅰ スキルポイント:290→340
○基礎
【強化+5】
【身体強化+5】【魔力強化+5】
【自然回復+5】【抵抗力+5】【限界突破★】
【STA増加+5】【MAG増加+5】
【STR増加+5】【DEX増加+5】
【AGI増加+5】【INT増加+5】【LUC増加+5】
○技術
<剣術Lv4><魔術Lv4>
<察知Lv4><威圧Lv4><思考Lv4>
<異空庫Lv4><無詠唱Lv4>
<言語Lv4><鍛冶Lv4>
【魔剣Lv1】
「おっ、レベルが20になってる」
レベルアップした経験のほとんどは、クイーン討伐によるものに違いない。透はホクホク気分で画面をチェックする。
「ポイントは……レベル1あたり10ポイントに戻ってるなあ。うーん、やっぱり条件がわからない」
前回のレベルアップ時のように、突如として大量ポイントを取得することはなかった。
もしクイーンを倒したことで増加していれば『強敵を倒せばポイント取得』という可能性が生まれたのだが、残念ながらポイントは通常通りしか増えなかった。
「なにかスキルを取得するかなぁ」
考えていると、透はふと先日の路地裏での出来事を思い出した。
あのときは、偶々相手に大けがを負わせずに勝てたから良かった。だが、今後は上手く行かない場面も出てくるだろう。
相手を壊さず、かつうまく身を守るスキルはないか。
格納した無数のスキルの中を探すことしばし、やっとの思いで透はそのスキルを発見した。
「これと、あとは……うーん。今回の戦闘はギリギリだったしなあ。よし、全体を底上げしよう」
方針を決定し、透はポイントを手早く振り分けた。
スキルポイント:340→5
○基礎
【強化+5→8】
【身体強化+5】【魔力強化+5】
【自然回復+5】【抵抗力+5】【限界突破★】
【STA増加+5】【MAG増加+5】
【STR増加+5】【DEX増加+5】
【AGI増加+5】【INT増加+5】【LUC増加+5】
○技術
<剣術Lv4→5><魔術Lv4→5>
<察知Lv4→5><威圧Lv4→5><思考Lv4→5>
<異空庫Lv4><無詠唱Lv4>
<言語Lv4><鍛冶Lv4>
<合気Lv5>NEW
【魔剣Lv1】
一番ポイント使用率の高い【強化】は、いまだに効果の程がわからない。だが、既にある程度振ってしまっていた。ならば効果が見えるまで振ってやると、半ばやけくそで振れるだけ振った。
他にも、戦闘で使用したスキルはまんべんなく底上げした。
新しく取得したのは<合気>だ。これがあれば、透は相手からの攻撃を上手に受け流せるのではないかと考えた。
日本にいた頃、ネットで見た達人動画の影響だ。
大男が触れただけで倒される。
あの動きが真似出来れば、ある程度の暴漢ならば凌げるはずである。
もちろんこれは、自衛のためだけではない。
<合気>は体をもっとも合理的に使用する武道。筋肉の動きや力のベクトル、骨の接続位置から生まれる梃子の原理などを融合した、合理的かつ科学的な技術の極地である。
合気があれば、他の動作――たとえば剣術の動作にも良い影響を与えるだろうと見越して、透は修得したのだった。
スキル修得の実感は、すぐに表れた。
辺りの木々や、草花、空気が、いまどう動いているのか、どこに向かおうとしているのかがはっきりと理解出来る。まるで世界の解像度が一気に上がったみたいだった。
無意識に<察知>出来る範囲が広がったのだ。
変化したのはそれだけではない。スキルを振り終えた後、透は僅かに重心を変化させた。たったそれだけで、地面に突き刺さったかのように体が安定した。
いまなら力士が突っ込んできても吹き飛ばない自信がある。
「すごい……。たった一つあげただけで、全く別人になったみたいだ」
Lv0からLv4までの1振りと、Lv5への1振りの変化が、透には全く別物のように感じられた。
「4から5に上がると、スキルの格が変わるのかな」
スキル名は変わっていないが、所謂上級スキルに進化したといった変化が、スキル内部で起こった可能性がある。
あるいは一定レベルに達したら、新たな効果が付与されるなどの特典があるのかもしれない。
通常状態で変化を感じたものはもう一つあった。
「……思考がダブってるな」
透は頭の中で動き回る思考が、複数あることに気がついた。透はスキルの検証をしながらも、もう一つの思考が今日の夕飯について考えていた。
「さすがにちょっとお腹減ったしなあ。ってそうじゃない。なんだこれ? 気持ち悪い」
頭の中に全く別の人格が入り込んだみたいな感覚だ。
だが、すべての思考が自分である。スキルを上げたのは自分だし、考えているのも自分だ。文句も言いにくい。
慣れるまでは苦労しそうだ。
思考が高速回転しながら並列起動したことで、透の思考が目まぐるしく動き回る。
そんな中、思考はあらゆる記憶をなぞり、思いも寄らない可能性を導き出した。
「――ッ!?」
その可能性に思い至った透は、僅かに息を飲んだ。
『あいつはちょっと、危なっかしいところがある』
「そうか。あれは、こういう意味だったのか……!」
情報が繋がったところで思い返してみると、衛兵が口にした台詞が、まったく別の意味に感じられた。
「もしかすると、あの人はなにか感づいてたのかもなあ」
衛兵はフィンリスから出入りする人を管理している。出入りする人から得た情報で、それとなく状況が見えていた可能性がある。
だが、彼には証拠がなかった。
そして現在の透にも、ない。
「……どうする」
透はエステルが起きるまで、じっとスキルボードを睨み付け、フィンリスに戻った後の行動方針を考え続けた。
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