第14話 演説
「皆さんに、お伝えしなくてはいけない事があります」
翌日、旧王城前の広場でラフィリア伯が演説を行っていた。
「先日、私の大切な存在が〝加護なし〟の手によって害されました。私はずっと〝加護なし〟に同情を寄せていました。彼らは自分の力ではどうにもならない運命によって、力なき者として過ごすことを余儀なくされます。そんな彼らが差別されず、健やかに暮らせる社会を作ろうと私は努力しました。ですが、それは間違いだった」
ラフィリア伯がドンと演説台を叩いた。
「彼らは女神から見放された罪深き存在。それは真実だったのです!! 彼らはその心の奥に邪悪な本心を隠し、弱者の振りをし、常に我ら女神の眷属を害することしか考えていない!!」
「そうだそうだ!!」
「〝加護なし〟なんかに生きる権利はねえ!!」
ラフィリア伯をはやし立てるように、男達が大声を張り上げた。
恐らく、オルトが手引きした者達だろう。
〝加護なし〟への差別感情があるからといって、積極的に加害しようという過激な人間はほんの一握りだ。
しかし、この場にはそう言った人間が大勢集まっていた。
「現に〝加護なし〟の集団であるヨトゥン教団は、多くの子ども達を人体実験に用いています。私は真実を見抜く瞳を曇らせたことによって、彼らの本質を見誤り、誤った政策を実行してしまいました。まずは、その事についてエルドリアの市民に謝罪したい」
深々とラフィリア伯が頭を下げた。
強引に〝加護なし〟の保護政策を進めた事を非難する声、ラフィリア伯の謝罪を認める声など、様々な声が聞こえる。
しかし、それらは概ね〝加護なし〟への敵意を露わにしたものであった。
「ここで私は、新たな決意を固めました」
ラフィリア伯が手を挙げると、騎士達が磔にしたライとミレイユを襲った男を広場に連行してきた。
「彼らは私に反抗の意思を表し、私の家族を傷付けた。よって、ここで彼らの処刑を執行することとします。そして、これまでの〝加護なし〟の保護政策を撤回することを宣言いた――」
「ふざけるな!!」
その時、ラフィリア伯に向かって怒号が上がった。
同時に、広場に集まっていた市民達がざわつき出す。
「き、貴様らは……」
ラフィリア伯の視線の先にいたのは、武装した〝加護なし〟の集団であった。
「ラフィリア伯が俺たちを排除しようとしているってのは、本当だったんだな」
「今まで俺たちのことを騙してたんだ。俺たちにだって自由を求める権利があるのに!!」
「所詮、貴族には〝加護なし〟の気持ちなんて分からねえんだ!!」
広場は一触即発という状況であった。
「場もだいぶ煮詰まってきたな」
オルトの用意した煽動者によって、エルドリア市民も〝加護なし〟への怒りを露わにし始めた。
「何が自由だ、劣等人種ども!!」
「そうよ。私の息子を帰して!! 教団に攫われたのよ!!」
このままでは流血の騒ぎへと発展するだろう。
事実、両者は戦闘態勢に入り、徐々に距離を詰め始めた。
「よし、今が頃合いだろう」
両者の武力衝突が今にも起こりそうになった瞬間、俺は拳に炎を込めて空高く舞い上がると、両者が衝突せんとする間に割って入った。
「全員そこまでだ」
炎を纏った拳で地面を殴りつけた余波で、全員が立ち止まる。
「な、なんだこいつは……」
その場にいた者達が、ざわつき始める。
「ついに姿を現したな〝オルト〟」
そんな俺を目にしたオルトが、演説台に現れた。
「ジーク君、もしや彼が?」
「ええ。弟です。今ではすっかり堕ち、僕の名を騙っているようですが」
飽くまでもオルトは設定を忠実に守り通すつもりらしい。
しかし、俺としてもそれは好都合だ。
「皆、聞いて欲しい。僕の名はジークハルト・レイノール。《炎帝》を継ぐ者だ」
オルトがそう宣告すると、市民達が驚きの声をあげた。
《炎帝》の名はこの国で広く知られている。その子息であるジークの存在も、市民にとっても大きいようだ。
「そして、その男は僕の実の弟だ。しかし、女神より加護が与えられなかったために家を追われ、ヨトゥン教団に身をやつした愚か者だ」
「なるほど、俺はヨトゥン教徒って設定か」
「事実その男は、〝加護なし〟でありながら教団の邪法を用いて、他人から加護を奪った。卑劣な人体実験を進めたのだ」
オルトの演説に、エルドリア市民達が怒りを露わにする。
なんとも演説上手なことだ。おかげで完全にヘイトが俺に向き始めている。
「そして、ラフィリア伯爵の娘であるミレイユ殿を、〝加護なし〟に襲わせたのがそこの男だ」
「事実です。オルトという人物に手引きされたと実行犯が自白しました。私はその方が許せません」
オルトの隣に立つのはミレイユだ。
どうやらすっかり、オルトの言葉を信じているようだ。
まあ、仕方ないか。人を丸め込むのがオルトの特技だからな。
「来いよ、オルト。貴様の様な救いようのない愚弟は、兄である僕が責任を持って処分する」
「ああ、それが良いだろうな」
俺はオルトの挑発に乗って壇上に上がる。
これで、オルトの存在は公になった。
今後の俺の幸せな生活のために、理想の展開となった。
「俺たちはどこまで行っても瓜二つだ。その性根を除いてな」
「黙れ。《炎帝》を継げなかった愚か者が」
「なら試してみるか?」
俺は腰から剣を引き抜くと、全身から白炎を放出して剣にまとわせた。
オルトとの対峙に備えて購入した品だ。それなりに金は掛けたので、こうして魔法を纏わせることも出来る。
「チッ……」
俺が炎を扱えるのが気に入らないのか、オルトは舌打ちした。
「見た目で俺たちを見分けることは不可能だ。なら、俺とお前どっちの炎が上回るのか、それが全てだと思わないか?」
「良いだろう。僕こそが真の《炎帝》の後継者であることを、骨の髄にまで分からせてやろう」
こうして、俺たち兄弟は再び、対峙することとなるのであった。
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