外伝 二つの事件 ~sideミレイユ~
ジークが宿に戻ってからしばらくして、二つの事件が起こる。
それはオルトが仕込んだ物で、いずれも〝加護なし〟へ同情を寄せる伯爵を翻意させるための卑劣な事件であった。
一つ目の事件はラフィリア伯爵とミレイユの住む屋敷で起こった。
「レックス。取ってきて!!」
庭先では十二才の少女が金色の毛並みを持つ立派な犬と戯れていた。
妻を亡くしたラフィリア伯爵が大切にしている愛犬レックスだ。
そして少女は、伯爵の娘でミレイユの妹でもあるエリナという。
「エリナお嬢様、もうすぐベリル様とのお昼の時間です」
その側に控えるのは、そのまた同い年ぐらいの少年だ。
彼女の付き人のようで、執事服を着ている。
「ライ。でも、今日はそんな気分になれなくて」
彼の名前はライ、広間で金髪の冒険者達の暴行を受けていた少年でもあり、ラフィリア家で従者を務めている。
「わがままはいけません。あの方は、エリナお嬢様の将来のお相手となるかもしれないのですよ?」
「ベリルが勝手に言ってるだけだわ」
「ですが旦那様も、ベリル様がお嬢様に相応しい方が見極めるようにおっしゃっておりましたよ」
エリナは、ベリルという年上の青年に求婚されている。
しかし、その心はライにあり、三角関係が構築されていた。
「やっぱり、嫌です。私、お昼はライと一緒に食べたいもの」
「どうかご勘弁を……私のような者がエリナ様と食事を共にするわけには参りません」
「どうして!? 血筋ならあなただって十分でしょう?」
「いいえ。私は〝加護なし〟です。本来、こうしてお嬢様の側に控えるのも許されない身なのです」
「おかしいわ、そんなの……」
そんな二人の様子を、遠くから憎々しげに見つめる人影があった。
「あの〝加護なし〟め。エリナを誑かすなんて許せない」
この愛憎が、一つの小さな事件を引き起こすのであった。
*
「これは、どういうことじゃ……」
事件はその直後であった。
屋敷の居間で、犬のレックスが絶命していた。
「嘘……レックス!! レックス!!」
慌ててレックスに駆け寄って、エリナが呼びかけるが反応はない。
「ライ!! これはどういうことだ!!」
「わ、分かりません……昼食を食べたと思ったら、急に悶え苦しんで」
「貴様、毒を盛りおったな!! 両親を亡くした貴様を哀れに思って、育ててやった恩を仇で返しおって!!」
レックスの食事には毒が盛られていた。ラフィリア伯爵は愛犬を殺されたことに酷く憤慨していた。
ライはレックスの世話係でもあった。レックスの毛並みを整え、散歩に連れて行き、食事を作る。
だから、ラフィリア伯爵は彼を疑った。ライは伯爵の友人の孫であった。
様々な事情から彼の家は取り潰しの目に遭い、両親も既にこの世から去り、身寄りのない〝加護なし〟のライを伯爵は引き取った。
それだけに、ライの愚行に伯爵は怒った。
真実は、エリナとライの関係に怒ったベリルが毒を盛ったというものだが、伯爵はライを責めた。
それが一つ目の事件であった。
*
そして、二つ目の事件はエルドリア郊外で起こる。
「ジーク様、どうしてこんな場所を?」
一方その頃、伯爵の娘ミレイユは、オルトに人気のない場所に呼び出されていた。
そこは瓦礫と化したヨトゥン教団のアジトであった。
「何か胸騒ぎがする……」
教団のアジトで、クライドの身に起きたことについて話があると言われ、一方的に場所と時間を指定された。
しかし、その時のオルトの様子に、ミレイユは妙な違和感を抱いたのだ。
「でも、クライドについてって言っていたし……」
一方で、オルトの話に興味を惹かれたのも事実だ。
未だにミレイユとクライドはまともな交友を築けていない。
しかし、家を継ぐためにもミレイユはクライドのことを知らなくてはいけない。
そのため、嫌な予感がしながらも指定された場所へとやって来たのだ。
「よぉ、待たせたな……」
やがて、一人の男がやってきた。
「遅いですよ、ジーク様…………え?」
そこに居たのはオルトではなく、みすぼらしい格好をした〝加護なし〟と思しき男であった。
「あなたは一体……」
男は妙に血走った目で、じろじろとミレイユを眺め回す。
その視線に嫌なものを感じてミレイユは後退りする。
「くっくっく、あの男も随分と気前の良いことだぜ」
案の定、それは罠であった。
ミレイユはその場を切り抜けようと剣を抜く。しかし……
「おっと、そうはさせねえよ!!」
直後、ミレイユの身体が、綱のような物で縛り上げられた。
「便利なもんだな、ミノスデーモンの腸ってのは。適当に投げても相手を縛ってくれるし、加護の力も無効化してくれる。これでお前も無力な小娘って訳だ」
勝ち誇った男がミレイユを組み伏せる。
「前々からその澄ました顔をグチャグチャにしてやりたかったんだよ」
そうして、男はミレイユの衣服に手を掛けようとした。
男は知らない。
この事件が、自分たち〝加護なし〟を追い詰めるための序章に過ぎないことを。
ミレイユは知らない。
自分が〝ジーク〟と信じた者は贋者で、自分は彼の
「やっぱり、クライドは来ないのかよ……」
白炎を纏った拳の一撃が、男の腹部に炸裂した。
「ぶべっ……」
そこに現れたのは、ジークであった。
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