第9話 潜入

「隠遁の加護……ですか?」

「ああ。この加護を使えば、姿を隠すスキルを扱えるようになる。俺はこのスキルで、オルトが何を企んでるのか探ろうと思う」


 不安に思うリヴィエラを何とか説得して、俺はミレイユの叔父ボーマンの屋敷の、寝室にやって来ていた。


 現在、アイリスはオルトの所にいる。

 今すぐどうにかされることはないと信じたいが、気が急いてきた。


 そのため、俺はこの街でオルトとの決着を付けることにした。

 それも、俺が大手を振って実家に戻り、あの父親にそれを認めさせ、オルトの企みを全て叩き潰す形で。


 幸い場所はゲームの時と同じで、見張りこそ多かったが、姿を消してやり過ごすことで侵入は容易だった。

 それから、ボーマンの居所を探っていき、寝室に到達したのだ。


「控えめに言ってクズだな……」


 中の光景を目にして、反吐が出るような気分だった。


 そこには汗だくの全裸になったボーマンが、〝加護なし〟と思しき全裸の少女達を侍らせていた。

 少女達には首輪と鎖がくくりつけられ、ボーマンの〝所有物〟であることをまざまざと見せつけられる。


「ジーク君もどうかね?」

「いえ、自分には愛する婚約者がいますので」


 何食わぬ顔でボーマンと対峙するのはオルトだ。

 愛する婚約者などと、よくもいけしゃあしゃあと言えたものだ。


 今すぐどうにかしてやりたい気分だが、俺の計画のためには、ここで密かに始末するのは、あまり効果的ではない。

 それに不意打ち程度で倒せるほど、オルトも甘い相手ではない。


 今は怒りをぐっと堪え、二人の会話に聞き耳を立てる。


「フフ……あれほどの上玉となれば、この程度の奴隷には興味も持たぬか。実に羨ましいことだ」


 ボーマンは下卑た笑みを浮かべる。

 この男は伯爵家の跡取りとしての道を断たれたためか、享楽的な性格をしており、欲望に忠実な男だ。


「それにしても、最近は奴隷の質も落ちたものだな。実に退屈だ」


 つまらなそうな表情でボーマンがため息をつく。

 どうやら、奴隷を侍らせて口にするのも憚れる様な行いをしておきながら、彼女達に不満があるようだ。

 随分と身勝手な言い分だ。


「おまけに、ラフィリア伯爵は爵位をミレイユに渡そうとしておりますからね。さぞ、退屈なことでしょう」

「まったくだ。あの老いぼれめ。『〝加護なし〟を道具のように扱うお前に爵位は渡さん』などとほざきおった。父上は〝加護なし〟の使い方が分かっておらぬ。奴らは所詮、女神に見捨てられた浅ましいゴミクズよ。ならば、女神に選ばれたわしらのために有効に使って何が悪い!!」


 ボーマンは〝加護なし〟の少女の髪を引っ張り、乱暴に扱うと激昂する様子を見せた。


「……それはよろしいのですが、如何されるおつもりですか?」

「如何するも何も、わしにはどうすることも出来んわ。せめて奴隷売買が露呈する事態だけは避けねば」

「ふむ……」


 オルトはそんなボーマンをつまらなそうに一瞥すると、やがてゆっくりと口を開いた。


「なんとも及び腰ですね」

「なんだと?」


 オルトの無礼な物言いに、ボーマンが苛立ちを見せる。


「どうすることも出来ないとおっしゃいますが、そんなことはございません。ボーマン殿が爵位を得るのに、邪魔な存在が二人居る。ただそれだけでしょう?」


 オルトが不敵に微笑み始める。


「二人……誰のことかね」

「もちろん、ラフィリア伯爵とミレイユですよ」

「ふむ……」


 その言葉に、ボーマンの表情が険しくなる。


「ジーク君の言う通りだ。忌々しい父上が、ミレイユの子に爵位を継がせるなどとたわけたことを、ほざきおったからこんなことになっておるのだ」

「なら、話は簡単でしょう? そこからボーマン殿が爵位を継ぐに足る状態にすれば良いのですよ」

「それは一体どうやって……」

「簡単なことです。この国の法では、女は爵位を継げない。だからこそラフィリア伯爵は、クライドのような明らかに不釣り合いな身分の男をミレイユに宛がったのです」

「ま、まさか……」

「ええ。ボーマン殿がミレイユと婚姻を結べば良いのですよ。叔姪婚しゅくてつこんなど決して珍しくはないでしょう?」

「ふ、ふむ……しかし、一体どうやってあの頑固な娘を……」


 その言葉を聞いて、オルトはため息をついた。


「一つだけあるでしょう。あのミレイユを従わせる方法が」

「まさか……わしの加護を使うというのか。だがあれは、〝加護なし〟のような魔法に耐性のないものでないと効かぬのだ」

「その点はお任せを。私に考えがあります」

「ふむ……しかしだな」


 しかし、ボーマンはまだためらっているようだ。


「相手は仮にも姪だぞ? それを無理矢理にとは……」


 〝加護なし〟相手に人倫にもとる扱いを強要しておきながら、今更何を言っているのだろう。

 

「ボーマン殿ともあろうものがその様な無欲なことでどうするのです。よく考えてください。ミレイユは実に美しい娘です。凛としていて、高潔で、誰もが羨む美貌の持ち主。その様な相手を穢すのは、随分とそそりませんか?」


 オルトの言葉を受けて、ボーマンがゴクリと喉を鳴らす。

 ミレイユは14だ。この世界では結婚していても珍しくはない歳だが、それにしてもボーマンの好色っぷりには吐き気がする。

 それにオルトの下衆っぷりにも。


「ジーク君、君はまだ12だというのに、何というか末恐ろしい少年だな」

「フフ。お褒めにあずかり恐縮です」


 本当に恐ろしい。

 オルトが提案しているのは、友人であるクライドとミレイユを陥れる行為だ。


 本来の歴史でミレイユを散々酷い目に遭わせた俺が言うのも何だが、あまりにも下劣だ。

 この様なことをして、一体オルトは何がしたいんだ。


「だが一つ、問題がある。父上はどうすれば良い。わしの加護は男には使えんのだ」

「もちろん、そちらも考えております。ボーマン殿の背中を押すために、私自ら手を打たせて頂きました」

「それはどの様な……」

「ボーマン殿の〝奴隷売買〟はラフィリア伯爵によって禁じられてしまいましたが、それも〝加護なし〟に同情する心があればこそです。ですが〝加護なし〟は本来、邪悪で救いようのない存在です。私はヨトゥン教団のアジトでそれを目の当たりにしました」


 教団の実験のことを言っているのだろうか? 確かにアレを目にすれば、ヨトゥン教徒が如何におぞましい存在か、よく分かる。

 しかし、オルトの言葉は詭弁に過ぎない。それは飽くまでもヨトゥン教団の罪であって、〝加護なし〟の罪ではない。


「ジーク君、まさか君は……?」

「明日になれば分かりますよ。ラフィリア伯爵にも、如何に奴らが邪悪で救いようのない存在か、ご理解いただけるでしょう」


 オルトはそう言って不敵な笑みを浮かべた。


「まあ良い。君に任せればきっとうまく行くだろうな。わしの運命は君に託すこととしよう」

「ありがとうございます、ボーマン殿。では、例の頼みも……?」

「うむ。無事、あのミレイユを屈服させ、爵位を手にすることが出来たのであれば、君に協力するとしよう」

「フフ……その言葉をいただけるのであれば、私も力を尽くした甲斐があるというもの。では、引き続きよろしくお願いいたします」


 そう言い残して、オルトは部屋を去って行った。

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