第35話 旅館の夕食
温泉旅館に到着してから、まだ温泉には入らずに部屋で何をするでもなくダラダラ過ごしていると、旅館の人が部屋にやってきた。
「そろそろ、夕食の準備の方をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
どうやら、もうそんな時間になっていたらしい。香織さんが返事をすると、次々と料理が運ばれてくる。とても豪華な食事だ。この辺りは山の幸が有名らしく、山菜を使った和食が多いようだ。お肉も海鮮もあるようで、バラエティ豊かな感じである。
「息子様は、どうなさいましょう? 今から、お食事お持ちしましょうか?」
「え? 家族と一緒に食べるので、持ってきてください」
「わかりました。今すぐ、準備します」
急な質問の内容が、よく分からなかった。とりあえず僕の分の料理も部屋に持ってきてもらう。わざわざ時間をズラして食べる必要もないから。
「良かった。ちょうどいい時間だったか」
「腹減ったぁ!」
「美味しそうな料理ね」
食事が運ばれている途中に、春姉さんと沙希姉さん、紗綾姉さんの3人が部屋へと戻ってきた。その3人は、浴衣姿になっていた。どうやら温泉に入ってきたようで、少し髪も濡れている。それになんというか、かなり浴衣は色っぽいなぁと思った僕。ちょっと意識してしまいそうだ。
「気持ちよかったよ、ここの温泉」
春姉さんが皆に温泉の感想を言いながら、窓近くの席に座った。
「そうそう。かなり良かったぞ。夕飯も美味そうだし」
並べられていた豪華な食事を眺めて、沙希姉さんが待ちきれない様子で言った。
「皆の分が揃うまで、まだ食べちゃダメよ、沙希」
「わかってるよ」
香織さんが、沙希姉さんを注意する。目の前にある料理に手を伸ばそうとしていた沙希姉さんは、笑ってごまかしながら慌てて手を引っ込めた。
「準備が完了しました。それでは、どうぞお食事をごゆっくりお楽しみください」
「ありがとうございます」
人数分の食事を運び終えた時、旅館の従業員さんは挨拶すると部屋から出ていく。皆で合掌して、いただきますを言う。間髪入れずに、沙希姉さんが箸を手に食べ始めていた。
美味いと連呼しながら食べる沙希姉さんに続いて、皆もどんどん食べ始める。
僕はまず、海の幸を使ったサラダに手を付けた。新鮮な野菜を使っていて、とても新鮮でシャキシャキしている。それにドレッシングが絶妙な味になっていて、かなり美味しかった。次に食べた山菜のおひたしも、口の中に優しい風味が広がる感じだ。すごく良い味をしている。
どんどん食べ続ける沙希姉さん。春姉さんや紗綾姉さんも、箸を動かすスピードが結構早い。意外と2人は、よく食べるタイプだから。
葵はいつもの様に、じっくり時間をかけながら食べている。香織さんは、これからお酒も飲むみたいだ。せっかくなので、お酌をしてあげることにした。
横に座っている香織さんの日本酒を手に取り、言った。
「お酒、注いであげるよ」
「ありがとう、ゆうくん!」
かなり喜んでくれたみたいで、提案してみてよかったと思う。僕も一緒に飲めれば良かったけれど、年齢が20歳に達していないからダメ。精神的には、既に成人しているんだけどなぁ。
そんな風に考えながら、僕も食事を続ける。
かなり美味しい料理の数々。食材を活かしたまま調度良い味付けがされているな。とても腕が良い料理人が調理しているんだろう。素人だけど普段から料理をしている身として、とても分かる。料理のプロが作ったものなんだなってことが。
しばらく、黙々と食べ続ける。皆も、とくに会話せずに箸を動かしている。部屋に静かな時間が流れていく。
沙希姉さんが一番初めに食べ終わると、料理の感想を述べた。
「美味かったけど、どっちかって言うと優の料理のほうがいいなぁ」
「ありがとう。でも、ここの旅館の料理も美味しいよ」
素直に褒めてくれる沙希姉さんに、照れながらも礼を言った。彼女の言葉は嘘じゃないだろう。好みの観点があるとはいえ、やっぱり自分の作った料理の方が美味しいと言われるのは嬉しいな。
「旅館の料理は、素直に美味いっていうか。でも、愛情が足りないんだよね」
たしかに僕は、家族のための料理を作る時は気持ちを込めなから、なるべく丁寧に作るよう心がけている。それが愛情だと言われると、かなり照れるな。
「そうねぇ。でも、この小さなお鍋とか美味しくなかった?」
お酒の入った香織さんが若干酔ったような口調で、沙希姉さんに話しかける。それも確かに、美味しかった。
「うん! めちゃくちゃ美味しかったよ」
沙希姉さんが頷いて、返事をする。ちゃんと美味しかったらしいので、良かった。
そんな沙希姉さんに続いて、春姉さんや香織さん、紗綾姉さんに葵が食べ終わる。
最後に僕が全ての料理を食べ終わると満足して、皆でごちそうさまを言った。
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