第4章 親権問題編
第27話 家族とこれから
「やぁ、久しぶりだね優。元気だったかい」
香織さんの元夫という男性。つまり、僕の元父親だという言う人は、ニコニコっと笑顔を絶やさない男性だった。先に自宅へ入って、リビングでくつろぐ彼の姿を見て微妙な気分になる。
前の世界の父親とは別の人のようで、前の世界とこんなところに違いがあるのかと感じた。
「優、部屋に戻ってなさい」
香織さんが僕に対して言うと、すかさず男が口を開いた。
「いいじゃないか、優に関係する話なんだから。本人も交えて話そう」
「……」
その言葉に、不機嫌になる香織さん。僕は嫌な予感しかしなかった。この男とは、あまり関わらないほうが良さそうだと、直感的にそう思った。
だけど、リビングから出ていくのも良くないと思った。香織さんを残して離れたら、変なことになりそうだと感じた。
なので僕は、香織さんのために残ろうと決めた。
「僕に関係することなら聞かせてください」
「ほら。本人も、そう言ってる」
「……」
香織さんにお願いする。すると男は嬉しそうな顔になった。その反応が、なんとも言えない気持ち悪さを感じた。記憶にないとはいえ、自分の親に対する感情ではないかもしれないけれど。とにかく、彼に対して嫌な感じがする。
僕は、香織さんの元夫の男性が座る。僕の隣に香織さんが座った。香織さんは嫌がったけれど、結局三人交えての話し合いとなった。
「それで、今頃どうして戻ってきたの?」
腕を組み、男に言い放つ。明らかにイラついている表情に、感情を隠そうとしない声色の香織さん。
よっぽど嫌な相手なんだろう、という事を感じさせる。普段は優しく温厚な性格の香織さんだけど、不機嫌な様子は怖いと感じた。それほど、眼の前に居る男に対する嫌悪感が強いんだろうと思う。
「昨日、優君が出ているテレビを見てね。急に会いたくなったんだよ」
神経が図太いのか何も感じていないのか、それとも無視しているのか。香織さんの不機嫌な様子なんてお構いなしに、笑顔でそう答える男。
「だからと言って、なんで今更……!」
「香織さん、落ち着いて」
テーブルをバンと叩く香織さん。さすがに、危ないと思った僕は止める。そして、男のほうを見る。やはり彼は、香織さんの態度にも気にした様子がなかった。
「怖いなぁ。男の僕に、女の君が手を出すのかい? そんなことをしたらどうなるか分かっているの?」
男は、笑顔でそう言い放った。そんな笑顔の変わらぬ男を、不気味に感じる。ふと今朝、起こった出来事を思い出した。
女が男を抱きついただけで、暴行罪で逮捕されてしまう。僕の今いる所は、そんな世界だった。もしも、香織さんがこの男に手を出してしまったら本当にヤバそうだ。
香織さんの片手を、僕の両手で包み込むようにつかみ、もう一度言う。
「香織さん、落ち着いて」
「ふぅ……」
それで、何とか落ち着いてくれた香織さん。この男の態度はイライラする。だけど手を出したら負けだ。絶対に僕が止める。
「何故今更、会いにきたの?」
「いや、その子の親権を貰おうと思ってね」
「な!?」
いきなりの言葉に驚く香織さん。僕も驚いた。親権を貰う? 男のあっさりとした物言いに、そんな簡単な問題じゃないだろうと思った。
「あなたには、離婚のときに慰謝料を十分払ったわ。それに優を生んだときには既に離婚が成立していた状態で、正式にあなたの子でもないの。今更の話だわ」
話の内容から、既に問題は解決しているようだった。僕が生まれた時、既に父親じゃなかったらしい。それなら、この男が何を言っても関係ないはずだけど。僕の親は、香織さんだけ。
「今は、状況が変わったんだよ香織。君には、優を十分に育てる能力に欠けている」
「状況が変わった?」
男は、ニヤリと笑って言う。その言葉に眉を寄せて聞き返す香織さん。
「優が倒れたそうじゃないか。しばらく入院もしたらしいね。それは親として不十分じゃないかな?」
「……それは」
「それに今日の朝も、女性に襲われて大変だった。そうだね?」
「くっ……」
男の言ったことは事実だ。それを言われると、反論ができない。親としての役目を果たしていなかった。仕事を優先しすぎた。その結果が、今の現状だ。そう突きつけられた香織さんは、悔しそうに下唇を噛む。
「君が親をしていると、優が不幸になる」
「ちょっと待ってください。僕は不幸だなって感じてませんよ。今のままで十分幸せです」
間に割って入り、僕の偽らざる気持ちを言う。それに、香織さんの方が記憶にある母親だし、目覚めてから一緒に暮らしてきた。
いきなり現れた元夫で今は父親ではない彼よりも、香織さんを大切に感じている。それに、僕はまだ男の名前も知らないし、父親になるなんて言われても見知らぬ男性なので実感もない。
そんな僕の言葉に、不満そうな表情の男。
「優、君はキレイだね。昨日のテレビを見てそう思ったし、今日直接見て確信した。女しか居ない、こんな獣の家に君を置いておくと、いつかこの家の女に襲われるよ。そうさせないために、僕と一緒に新しい家へ帰るんだ」
「いいえ。僕は、香織さんの子です。ここで、母さんと一緒に暮らしていきます」
母さんや姉妹のことを獣なんて言い放つ、男の言葉に腹が立った。絶対に、こんな男と一緒に暮らすなんて嫌だ。
「僕は優、君を迎えに来たんだよ。大人しく、僕の言う事を聞くんだ優」
男が伸ばす手から、僕は立ち上がって逃げた。触れられるのも嫌だ。最初に感じた印象で間違いなかった。この男とは、関わらないほうが良い。
「そうかい、優。君は女側の立場に居るんだね。だけど、それは間違っている」
そう言うと、男は立ち上がって部屋から出ていこうとする。そして、扉の前で顔をこちらに向けて言い放った。
「優。君が嫌がっても、香織には男を育てるのは無理だということが分かっている。女が男の子を育てる家庭なんて、ろくなことにならない。だから近い将来、君は僕と一緒に暮らすことになるよ」
それだけ言い残すと、男は家から出て行った。
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