第16話 料理部の危機

 料理室の隣の部屋へ招き入れられた僕は、その部屋の内部を観察した。


 部屋中央には、背の低いテーブルに見た目合成皮革のソファー。その他、壁沿いに棚があったりする。だが、特に目を引くようなものはない。


 よくある、応接室のような部屋だった。


「そこに座ってくれるかい、桜お茶を用意してくれ」


 前半は僕を見て、後半は桜という女性を見て言う。言われた通りに座る。向かいの席に、自分を部長と言った人物が座る。


「さて、どこから話そうか」


 そう小さく言って、あごに手を当て考え出す男の子。そんな彼の真正面に座って、よく観察した。


 かなり色白で、目がパッチリ大きく、いわゆる中性的な顔立ちの男の子。髪の毛も長く、少し自然な茶色っぽい。首元まで伸びていて、見ようによっては女性に見えるような容姿だった。


 黙り込んでいた彼は、考えが纏まったのか話し始める。


「加藤先生に聞いたのですが、記憶喪失だそうですが……」


 まず最初に、気になっていたことを聞いたのだろう。言いづらそうに、声も小さくなりながら、記憶喪失について質問をしてきた。


 僕は頷いて、答えた。


「そうです。2ヶ月ほど前に倒れてから、それ以前の記憶がありません」


 簡潔に事実を言う。すると、少し困った顔になる部長の男の子。


「と言うことは、部活動の記憶も当然ないんでしょうね」

「部活動の記憶は、正直に言って無いです。この部活で僕は、どういった活動をしていたんですか?」


 部長の言葉を肯定して、疑問に思っていたことを聞く。


「う~ん、そうですね……。この料理部の現状は、加藤先生に聞きましたか?」


 僕の疑問に、逆に質問をしてくる。この部の現状とはつまり、幽霊部員が多く居てあまり活動していない、ということだろうか。


「部員が活動にあまり参加しない、とは聞きました」

「うん、そうなんだ。そして、2ヶ月前の君も部活動の参加に積極的ではなかった」


 やはり倒れる前の佐藤優は、この料理部に所属している部員と同じように部活動に参加していなかったようだ。


 そんな話をしていると、紅茶の良い匂いが漂ってきた。頼まれていた女性が、少し危なっかしくお盆を持ってこちらに来る。ガチャガチャとお皿が鳴っていた。


「おっとっと」


 部長も会話を中断して、鋭く女性を見ている。ただ、見ているだけで助けるようなそぶりは見せない。


 見ているだけなのも可愛そうなので、助けようと立ち上がりかける。しかし、前に座っている部長が待ったをかける。


「彼女を助ける必要は、ないですよ。座って見ていて下さい」

「は、はぁ……」


 少しキツめに言われて、座り直す。何か理由があるのか、僕はここに座って待っているしかないようだ。


「ふぅ。お、遅くなって、ごめんなさい」

「もっと早く、運んできなさい。落とさないようにね」

「はい」


 やっとの思いで、お盆をテーブルまで運ぶ。そして、お盆の上からカチャカチャとソーサーを小刻みに鳴らしながら、紅茶の入ったカップを僕と部長の前に置かれる。


「桜は、紅茶を入れるのだけはうまいんですよ」


 そう言って、慣れた手付きでテーブルの上に置かれた紅茶を飲み始める部長。それだけというのも、可愛そうだけど。確かに、いい香りだ。


「あ、あの、どうぞお飲みください」

「ありがとうございます。頂きます」


 異常なほど低姿勢で言ってくる女性に、こちらも恐縮しながら紅茶を頂く。


 一口飲んで、その美味しさに気づく。強い香りに程よい渋み。ストレートティーの渋みは、少し苦手だった。けれど、これなら全然飲める。イチゴのショートケーキやフルーツのタルト等がとても合いそうだった。紅茶を飲んで少し休憩した後、会話が再開された。




「それで、先ほどの話の続きなんですが。部員の活動不参加の他にも、大きな問題がありまして……」

「問題ですか?」


 落ち着いたのもつかの間、かなり深刻そうな表情に声色も暗くなった。部長の横に座った女性も、”問題”という言葉に泣きそうになっている。相当な問題のようだが。


「実は、我々の部活が廃部になるかもしれないのです」


 溜めて放たれた言葉は、廃部。深刻そうなのと泣きそうなのは、部活がなくなってしまうからか。


「原因は、やっぱり不参加の部員が多いからですか?」

「えぇ、そうです。もともと、料理部は男性らしく料理を学ぶための部活でしたが、こうも部員が所属だけして活動に参加しないと、学校側も問題視していて」


 ”男性”らしく料理を学ぶか。しかし、幽霊部員がこうも重たい問題だったとは。


「私は、料理部の部長を受け継いだ身として、廃部されるのをなんとか阻止したいと考えています。それで部員とお話する機会を設けているんですが、なかなか……」


 上手くいっていないようだ。今日の僕との話し合いは、部員の参加率を高める目的もあったのか。


「どうでしょう、佐藤さん。学年も上がったことですし、この機会に是非、部活にも参加してください!」


 テーブルに手をついて、グイッと顔を寄せてくる部長。かなりの迫力に、僕は身体を後ろにそらす。彼、かなり意気込んでいるようだ。


「あ、あの是非お願いします」

「本当ですかッ!?」


 もともと料理も好きなので、料理に関する活動なら参加するのは嫌ではなかった。廃部させないように、彼らを助けたいという気持ちもあったので、これからは部活に参加すると約束した。

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