第05話 自室

 部屋を見渡す。


(まずは本棚からかな?)


 二列四段に区切られている、大きな本棚を見る。見たこと無いタイトルばかりだ。


 きっちりした性格なのか、一巻から順番になっているのはもちろん、文庫本、新書判本、単行本、A4判本と、本のサイズが小さいものから右に、だんだんと大きな本につれて左へと並べられている。


 左上三段には、漫画と小説が。右上二段には教科書とノートが。右三段目には雑誌が。左右一番下の段は何も入っていない。


 ざっと見たところ知っているタイトルのものはひとつもなかった。とりあえずと、目についた漫画の一巻目を手に取って、パラパラと開いて中を確かめてみる。


 そっと漫画を元の位置に戻した。そして僕は、膝と手を床に付ける。その格好は、失意のポーズ。


(BL本じゃないかっ!?)


 昔、僕が通っていた料理教室の40歳を超えたお姉さまの一人に無理やり見せられ感想を求められた、苦い日の思い出がよみがえる。



 しばらく時間が過ぎて、少し冷静になる。


(もしかしたら、たまたま手のとったのがBL本だったのかも。他は大丈夫なはず、きっと)


 気を取り直して、立ち上がる。


 最初手にとった漫画から一番離れたところにあった、少し大きめの漫画を手に取り確認してみる。


 そっと元の位置に戻す。膝を抱えてうずくまる。その格好は、絶望感のポーズ。


(BL本しか無いようだ……)


 昔、僕が通っていた料理教室で40歳を超えたお姉さま達からプレゼントされた、段ボール箱いっぱいに入ったBL本を思い出した。家に持ち帰ったものの、処分する方法に困ったんだよなぁ。恥ずかしながら、普通に古紙回収に出したのを覚えているけれど。



 その後、部屋にある本棚からタイトルと表紙から安全そうなモノを選び、恐る恐る調べてみた。だけど、ページを進めていく途中に裸体の男性二人、中には三人や四人もあった、が絡み合っている場面しかない。三冊目を閉じた時、これ以上は探す事で精神が削られることを危惧して、普通な漫画の捜索を打ち切る。前の僕は、ちょっと特殊な趣味を持っているようだった。別に貶しているわけじゃないが、自分の趣味と違いすぎて戸惑ってしまう。


 次に、教科書を調べることにした。


 本棚から、教科書が置かれている所から日本史Bと書かれたタイトルの本を取り出した。索引のページから、僕の記憶にある大きな事件の名前や人物名を探してみたが見つからない。


(ん~、見つからないか)


 仕方ないので、ページのはじめから、原始・古代から中世、近世、近代・現代へと書かれてる所を飛ばし読みしてみた。残念ながら、その本に書かれている内容で僕が知っている出来事の名称はひとつも見つけられなかった。見覚えがあるようなものもあったが、不確かな記憶。


 日本史の教科書を戻して、次に数学Ⅰを取り出す。パラパラとページを送る。


(こっちはわかるな。懐かしい)


 ちょっとだけ安心して、数学の教科書を本棚に戻す。次はノートを取り出し開いてみた。


 それは、英語のノートのようだ。文字が丁寧に書かれていて、赤ペンや矢印などを使って見やすく解説を入れている。かなり几帳面だ。


(ん~、僕は英語の先生が苦手だったから授業中は寝てたなぁ)


 僕の記憶だと高校時代、英語の授業中ノートなんてきっちり取っていなかった事を思い出し、このノートの製作者を尊敬した。書いたのは、僕らしいけれど。


 ノートを戻して、次に雑誌を取り出す。これは、どうだろう。


“春のファッション先取り特集”

“スーパーモデルのファッション美学”

“気になる彼の注目情報”


 表紙を見たところファッション雑誌のようだった。


 その内容はスカート特集やワンピースの着こなし方、可愛い帽子などが紹介されている。これらはボーイッシュファッションなんて書かれ方をしていた。


 ガーリッシュファッションだなんて書かれた、ジーパンの組み合わせ方なんてのも載っている。


(ボーイッシュは男っぽいじゃなくて、女っぽいになる。で、ガーリッシュってのは女っぽいの反対で男っぽいってなるのか? ううむ、頭が混乱してくるなぁ)


 本棚の調査を終え、前の僕に対してわかったことは、BL本が好きなこと。かなり几帳面なこと。その二つだ。


(BL本好きは、あまり知りたくなかったけどなぁ……)


 次に、机を調べることにした。机の上には、時計がひとつ。ペン立てに、プリントが1枚だけ入っている。プリントを手に取って呼んでみた。


 ふむふむ、学校の卒業式準備の日程のようだ。


(そういえば入院していた僕は、いつから学校に行けばいいんだろう)


 病院に入院していた頃は当然、学校へは行けなかった。だが、退院したので学校に行くべきだろう。働くわけには、いかないだろうし。


 プリントには三月十九日に卒業式だと書かれており、今日が三月六日だったはずと思いだす。


 三月なのでテストも終わり、授業も無いだろう。だが、もしかしたら卒業式準備に行く必要があるかもしれない。あとで香織さんに聞こうと、頭の隅に記憶しておく。


 机の引き出しの中を探り続けてみると、出てきたのは宿題だと思われるプリント、よくわからないチラシ、キャラクターモノの下敷きなど、続々と出て来た。


 最後に、少し大きめの机の引き出しを開けて、仲を確認してみる。


「うわっ懐かしい! これって、ゲームポケットだ」


 世界的有名なゲーム会社が発売した、白黒液晶の携帯ゲーム機。カセットを見ると、モンスターをコレクトして育てる、怪物ポッケの初代だ。


(そっか。確か今が1996年だから、これは発売されてすぐの頃だっけ?)


 懐かしさを感じながら電源を入れる。懐かしのゲーム音と画面。


「あれっ?データが無い。消えたのかな?」


  “はじめから”と“せってい”しか無いスタート画面を見て疑問に思う。しかし、昔の記憶からカセットの接触不良やゲーム機を少しぶつけるだけで、データを消してしまっていた事を思い出した。


(ん? ここの博士も女性だな)


 たしか、最初に出てくる博士は白髪頭の男性だったはずだと思う、しかし今ゲーム画面には白衣を着た女性が最初の説明をしてくれている。


(やっぱり、僕の記憶とは微妙に違うようになっているなぁ)


 少しゲームをプレイして、先に進めてみる。主人公キャラも初代は男性だったはずだけど、このゲームでは女性キャラになっている。


 前の記憶に有る内容との違いを探しながら、夢中になってゲームを遊んだ。この年になっても、ゲームは楽しめるみたいだ。



「……い! ゆうー!」


 階下から、声が聞こえる。顔を上げて、時計を見る。


「え? うわっ、もうこんな時間か」


 時間を見ると、18時を少し過ぎていた。窓から見える外の景色は、夕焼けで暗くなっている。ゲームに熱中していて、だいぶ時間が過ぎたことに気づかなかった。


 ゲームをセーブしてゲーム機の電源を落とすと、また下から声が聞こえた。女の子の声だが、聞き覚えがない。香織さんや春お姉ちゃんではないようだ。外に出ていた上二人の姉か、それとも下の妹が帰ってきたのかもしれない。


(お腹も空いたし、一度下に行こうかな)


 ゲームに夢中になって、部屋の探索は止まっていた、とりあえず、この部屋の探索は一旦中断して、夕飯をどうするか聞くために僕は一階へ行くことにした。

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