第10話
「契約しよう。サインをするから少し待ってくれ」
「ありがとうございます」
小鳥遊は深々と頭を下げてほっと肩の力を抜く。前期一番の大仕事を掴み取ることができ、米原も上機嫌になって営業スマイルを見せている。
「長く頼むよ。何かあったら君に話を通せばいいかな? ええと、小鳥遊くんだったね。資料とても見やすかったよ。資材の詳しいことは葉山になんでも聞いてくれ。こいつは現場から上がってきた鉄鋼博士だからな」
「博士ってなんですか」
たまらず葉山が柔和な笑みを浮かべる宇津木社長につっこむ。ほんとうによくできた関係だなと考えていると、受付の事務員がやってきてエレベーターのボタンを押してくれる。軽く会釈をして目の前まで見送りに来てくれた3人に頭を下げた。
「よくやった。小鳥遊!」
オフィスに戻ると商談の結果を待っていた横溝課長に背中を何度も叩かれる。おまえもよくやったぞといわんばかりに米原も熱い抱擁を受けていた。少し加齢臭の漂い始めた課長から離れるようにして米原は身を悶える。
「課長の助言のおかげです。キジマ鉄鋼の社長は若くてもしっかりされています。無茶な注文もなく話が決まりました」
「ほんとによくやってくれた。俺の指導のおかげだな」
胸を張る課長を横目に米原が隠れてガッツポーズを小鳥遊に見せてくる。それに軽く微笑んでやれば物珍しそうに目を見開くものだからその顔が面白くて吹き出しそうになった。
翌朝の朝礼ではこの時期のお約束のテーマが話された。
「えー、来月からウチに新入社員が入ってくることになってる。例年通り百田と小鳥遊の下でみっちり営業のイロハを叩き込んでもらう予定だ。中堅社員の諸君も二人を見習って新人とコミュニケーションをとるように。これからは皆でひとつのチームになるからな。以上、解散」
もうそんな時期かと思ってデスクの椅子に腰掛けると、向かいでコーヒーブレイクを楽しむ百田が声をかけてきた。
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