断罪された首なしの令嬢は、王都を復讐の濁流へと突き落とし壊滅させる ~婚約破棄の末に冤罪で斬首される運命の私の心を、どうかさらってください~

江東乃かりん(旧:江東のかりん)

第1話 硝子の中に落ちた、き―う

 断頭台の周囲に民衆が押し寄せ、広場に罵声が響く。

 聞くに堪えない言葉の羅列に俺は耳を塞ぎたくなる。


「お嬢さまっ……!」


 そんな中、死刑囚に寄り添った声をあげるのは、俺と行動を共にしていた侍女姿の女性だけだった。

 彼女は騒ぎの中心に駆け寄ろうとするが、目指す場所までの障害は多く辿り着くことは困難だ。


「リースっ……」


 それでも俺も彼女に倣うように、人ごみを掻き分けて断頭台を目指す。


 わああ! と周囲の歓声が一際高くなった時、漸く俺は断頭台が見える場所に躍り出ることが出来た。


「最後に一言、死刑囚に懺悔の時間を与えよう!」


 こんな出来事、信じたくはなかった。


 かつての彼女が言った予言した絶望的な未来今目の前に見える光景など訪れる訳がない。

 俺の傍にいるよりも……貴族の婚約者の元にいた方が必ず幸せになれるだろう。

 そう、願っていた。


 随分と見ない間に痩せこけてしまった頬に涙を流し、彼女は死刑囚の懺悔を望み沈黙する民衆に向けて、高らかに叫んだ。


「私の心は、私だけのものよ!」


 悲愴に溢れた表情と、哀愁に満ちた瞳が俺の心を抉る。


「だから、この世界に置いてはおけないわ……!」

「リース!」


 再び断罪を求める民衆の声で溢れ始める中であっても俺の声が届いたのか、決意を言い切った彼女へと視線を向けると目が合った。

 まさか俺が断罪の場にいると思わなかったのか、彼女の目が驚きで見開かれる。


「…………て……!」


 再び口を開いた彼女の声を、俺は喧騒の中で聞き取ることは出来なかった。


 代わりに、断頭台から死を告げる音が、やけに俺の耳に響いて聞こえた。


――ゴトンッ!


 それは、俺にとって望まぬ刻が訪れた合図。


「あ……」


 彼女が驚愕の眼差しのまま首を刎ねられる光景に、絶句する。

 俺はまた、彼女に手を伸ばすことが出来なかった。


 彼女の頭部が処刑人の足元に転がると、彼は何を思ったのか無造作に生首を蹴り上げる。

 生首が血飛沫を上げて跳ね上がる瞬間、彼女の首の断面から輝く何かが放たれたように見えた。


 頭部が放物線を描いて観衆者たちの中に放り込まれると、それまで彼女の死に歓喜していたはずの彼らは、突然訪れた恐怖から逃れようと我先に散らばり始めた。


「お嬢さま……!」


 俺と共に居た侍女が、人々の流れに逆らい生首へ縋るように駆け寄ろうとする。

 俺も彼女の後を追おうとした、が……。


 視界の端に違和感を感じて処刑人を振り返った。


「なん、だ……?」


 すると、断頭台に横たわっていた首なき彼女の躯が、魔法に掛かったように動き出す光景が目に映る。


「嘘だろ……?」


 彼女は間違いなく死んだ。

 処刑人が断頭台を用いて、彼女の首を刎ねたのだから。

 侍女が縋ろうとしている生首が、俺の眼の前にあるのだから。

 その上、躯の断面からはおびただしい量の血が流れ続けている。

 何が起きているか分からず、俺は呆然とするしかなかった。


 周囲の観衆たちがようやく目を疑う光景に気付いた頃、彼女の首なき躯はカーテシーを民衆に向かい披露する。

 淑やかさのある仕草だけは惚れ惚れとする動きをしており、あるべき頭部が健在であれば、彼女は見事な微笑みを湛えていただろう。


 しかし、現実には胴体側の首の断面が観衆に向けて曝されるのみ。

 平常人が目にすることのない人体の切断面と、そこから止めどなく零れる血液は、人々を狂乱の彼方へと落とし込む。

 ある者は恐怖のあまりに膝を付いて震え上がり、またある者は泣き喚きながら人混みを掻き分けて逃げ出そうとする。


 ……すると。


――ゴポ……ゴポ。


 晒された断面から沸騰したような音がしたかと思うと、氾濫した川のような勢いでおびただしい量の血飛沫が溢れ出た。

 目の前の光景が信じられずに呆然としていた民衆たちまでも、我先にと断頭台のある広場から逃げ出そうとする。

 しかし、広場は人混みの上混乱しており、誰しもが上手く身動きが取れないでいる。


 逃げ切れなかった観衆が、一人……また一人と、周囲に助けを請うが叶わず、次々と血の濁流に呑み込まれていく。

 呑まれた者は溺れたか、窒息したか……。

 いずれにせよ、再び出て来ることはなかった。


 ああ、これは……。

 彼女の死を望んだ者たちに対する、彼女の憤りと復讐のなのだろうか。


 流れ出る血は止まることを知らず、着実に俺の近くにまでやって来ようとしている。


 ここで俺も終わりか……。

 救いを求めたリースの手を取ることが出来なかった俺に、相応しい最期かもしれない。


 ……死を覚悟し目を閉じると、彼女との思い出がまるで走馬燈のように過ぎていく。

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