掌編小説・『文鳥』

夢美瑠瑠

掌編小説・『文鳥』



掌編小説・『文鳥』


 私は高校生で、文芸部に所属している、紫・文乃(むらさき・ふみの)

という文学少女です。

 勿論、暇に飽かせてはしょっちゅう詩や小説や様々な評論などを読み漁るのが

趣味の、一日中図書館に棲息している、という感じの人種なんですが、最近は自分で創作などもしています。

 文芸部で刊行している同人誌に拙い小説を投稿したりして、夢の作家目指して一路邁進?という感じなのです…


 水曜日には、放課後に部の定例会があって、今週は「夏目漱石の『文鳥』の読書会」が催されます。

 先週にこのことが決まって、私はもう既読だったので、読み直してから部員の男の子に文庫本は貸してあげたのですが、感想を一応ノートに纏めて置いて、読書会に臨むことにしたのですが、ノートはこんな感じです。…


「私は夏目漱石の著作は一応網羅している感じですが、繰り返し読み返しているのは、この「文鳥」だけです。茂木健一郎という、脳科学者は、著書の中で漱石を非常に称揚していて、「こんなに頭のいい人はいない」と、絶賛して、漱石の著作物は、どれも、毎年のように繰り返して読み返しているそうです。

 他の作品はどちらかというとそういう真価というか、絶賛に値する所以がよく分からない感じですが、これはまだ私が、世間というものに無知で、人間関係の往来が主軸となっている他の作品の深さ?に十分感情移入や共鳴ができないからかもしれない…

「則天去私」と「自己本位」の間で切り裂かれている自我の苦悩、とか、「死ぬか、気が狂うか、宗教に入るか」の狭間で、いかに生きるかについて真剣に悩んだり…そういう人物の問題を自分のものとして、一緒に考える、そういう人間的な成熟にははるかに遠いのが今の私です。

 ですから、「余裕派」と呼ばれたころの「猫」や、「坊ちゃん」そういう著作のほうに、親近感を覚えます。漱石は、司馬遼太郎氏によれば、「近代の日本語の文体を作った人」なのだそうです。

 神経症に悩んでいたのは有名ですが、「神経症にいいのは小説だね」と話したり、

別の精神医学の本では、漱石は「小説の執筆を通して自分で神経症を治したまれなケース」と、そうした評価がされていることも書かれていました。

 ちょうどモーツアルトにとっての音楽のように、文学は漱石にとってのバイオフィードバック療法?の対象だったのかもしれない…

 私が「文鳥」を愛するのは、そこに人間関係というものが全く介在しない、いわば文章の「藝」のみを追求するように、愉しんで綴っている、ちょうど俳句や漢詩を作っている漱石、そういう顔が小説の散文において非常に芸術的に高尚に美しく昇華され、結実している、そういう作品は実は稀だからでもあります。

 宝石のような美しい文鳥、「筆子」という娘の名前のように、「文鳥」という名前をも、漱石はまず愛したかもしれない。

(ちょっと文学論的な解釈をすると、編中にしばしば登場する美しくて、ミステリアスな女性のイメージは、「虞美人草」の主人公の、藤尾という驕慢な美女を彷彿させる。あるいは同じモデルの女性なのかもしれません。)

 純白で目の縁が紅色で瑪瑙のような嘴と爪をした、珠玉のような文鳥を愛するあまりに、漱石は、その姿態や動作に過去に知り合っていた艶めかしく玲瓏な美女の、面影を重ね合わせさえする…

 日々閉じこもって「わびしいようなことを書き連ねている」孤独な作家には、文鳥との折に触れての様々な交流がどんなにか慰めになっていたことか…それは文章の余白が語っています。

 だからこそ、文鳥が不始末で死んでしまったという結末で、漱石は癇癪を起して、ひどく不機嫌になったのです…

…実は案外下世話な話や描写が多い感じの漱石の散文の中で、唯一?この「文鳥」だけは唯美的、耽美的な風合いがあって、尚且つリリカルで瑞々しくて、非常に仔細に文鳥を観察して、過不足なく的確に表現している…驚くほどに文章がうまい、頭がいい、そういう漱石の文才も遺憾なく発揮されぬいている…

そういうところが私は大好きなのです…」

 まだまだ続くのですが、長くなるので割愛します。

… …

 ところが、翌日、私は風邪をひいて学校を休み、せっかくのノートが無駄になってしまいました。

 何だかもったいないので、丁度雑誌で見かけた、「赤い鳥高校生読書感想文コンクール」というのに、応募してみました。

 何ということでしょう!すると幸運にも、優秀賞に選出されて、「秀逸で鋭い鑑賞眼が光っています。綺麗な文章や豊富な語彙に、才能と力量を感じます。文句なしの優秀賞です。」という、うれしい寸評もいただきました。…

 

 白い「文鳥」で、赤い鳥の幸せを貰った…

 紅白そろい踏みで、本当にコトホグべきおめでたい結末になったなあ…

 

 泉下の夏目漱石大先生に衷心から感謝を捧げる私なのでした。


<了>

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