妹の部屋

妹の部屋には、机とベッド、本棚以外の物が何も無い。備え付けのクローゼットの中の服も、アクセサリーも、父が好きそうな物しか置いていなかった。


「せめて贅沢の1つでもしていれば、可愛げもあるでしょうに」


アリシアはそう言って、クローゼットの戸を閉めた。


「ねえ、エミリー。あなた、何をして、過ごしていたの?」


問いかけても、答えは返ってこない。それはそうだろうと、アリシアが諦めかけた時。妹が初めて、部屋の隅から移動した。行き先は机。


「……エミリー?」


その様子はまるで、とっておきの贈り物を渡すときのようで。


「あなた、まさか、自分の意思が残ってるんじゃないでしょうね」


魔術師として、父よりも優秀だった少女。悪魔に全てを奪われることすら、彼女であれば防げたかもしれない。


「……いいえ。そんなはずは、ないわ」


そうであるのならば、こんな姿になっているわけがない。たまたま、そう、きっとそこに、大切な物があるのだろう。


「こうなっても忘れない物、ねえ」


机の上にも下にも、それらしき物は無い。あるとすれば、ただ1カ所。


「でも、鍵がないわ」


机には引き出しがついている。当然、そこも、開けられるものなら開けてみたかった。けれど、その鍵は、どこにもなかった。


「この部屋のどこかにあるの?」


妹は、その場所から動かない。


「……そう」


その態度が、癪に障る。アリシアに見せたくないというのなら、何としても見たい。


「だって、それは、あなたにとって1番大切な物なのでしょう?」


それを手にして、壊すことができたら。きっと、とても気持ちが良いだろう。


「……でも、鍵、ねえ……」


部屋の隅々まで探した。ここに無いのなら、この館の中のどこか、だろうか。そう思って部屋を出ようとしたら、妹が小さく曲がった体を引きずって、追ってきた。


「馬鹿ね」


笑って、押し戻す。以前とは違う。ドアを閉めてしまえば、妹は追ってこられない。


「さて。どこかしら。あの子が、好きなところ……」


よく訪れていたところ、と言っても、アリシアはエミリーを探したことなど無い。


(むしろ、その逆よね)


どこにいっても、何をしても、エミリーはアリシアに付いてきた。この場所でただ一人だったアリシアを、何度も何度も追ってきた。


(邪魔だったわ。本当に)


もちろん、何度も邪魔だと告げた。それでも追ってこられたから、最後には気にしないことにするしかなかった。


(でも、そうね……それなら、その場所に、あるのかしら)


書庫と庭園。書庫では本を、庭園ではお茶を。アリシアの楽しみは、その2つだけ。お茶は自分で淹れていた。


(あの子に、何度もねだられたわね。淹れてあげるわけないでしょう)


お気に入りの茶葉を、お気に入りの温度で。妹はその様子を、じっと見ていた。


──あなたなら、同じように淹れられるでしょう?


──うん。でも、姉さまに淹れてほしいの


──絶対に、嫌よ。そんなの


そんなやり取りを交わしたことを思い返す。


──姉さまは、何色が好き?


その質問には答えなかった。


──私ね、あの黄色い薔薇が好きよ。ほら、日差しを受けてキラキラしてると、姉さまの髪の色と似てるでしょ?


(……余計なことまで思い出したわ)


その時のアリシアは、熱いお湯を妹の手にかけて、気分が悪くなったと言って部屋に帰った。火傷でもして、白い手に傷が残れば良かったと、今でも思う。


(あの子ったら。全部、魔術で防いでしまうのだもの)


それは妹の体質だったらしいと、後で知った。どんな傷も、すぐに治してしまうのだと。


(お父様でも、そんなことはできないのに)


マクシミリアン家どころか、国中を探しても。そこまでの魔術の才を持つ者など、いない。


(さすがに、悪魔には抗しきれなかったようだけれど)


当たり前だ。そうでなかったら、妹は本当に、人ではないことになる。


(……そうね。ああなる前から、同じように呼ばれていたわね、あなたは)


化け物と。密やかに交わされる言葉。妹はそれを、気にしていないように見えた。少なくとも表面上は。


(そう呼べば、少しは憂さ晴らしできたのかしら)


その才能を認めるようで、悔しくて、1度も言えなかった罵倒の言葉。今なら、似合いの言葉かもしれない。けれど、どうも、その気になれない。


(今のあの子は、可愛いものね)


他人が聞けば、耳を疑うだろう。けれどアリシアは、本当にそう思ったのだ。醜くなった妹こそが、最も可愛らしいと。

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