キミの隣は譲れない②

「はい、じゃあわたしが教えたこと意識して滑って欲しいです」


 柚子がお手本として隣でポイントを教えてくれた。教えて方が上手いし、頭に大体入っていった。

 あと、柚子のスキーウェアとインストラクターのように教える姿が様になっていて、ついずっと見てしまった。


「ん、そんなにじろじろ見ないで……涼夜ぁ。恥ずかしい……」


 視線を感じて柚子は、恥ずかしそうにもじもじする。内股になり、太ももをすり合わせながら腰をくねらせて……。


「いや、柚子らしくないから」

「ああ、やっぱりそう?」


 やっぱりわざとだったか。


「柚子はむしろ何事にも動じず、自分から相手を照れさせにいきそう」

「よく王子様って言われます」

「だろうね」

 

 容姿に加えて振る舞いも落ち着いていて大人っぽくカッコいいし。


「でも……」

「?」

 

 柚子が僕の背後に回ってきた。背後から熱っぽい息遣いが聞こえる。


「そんなわたしでも、どうしようもなく、動揺して、ドキドキして、普通に話すことが難しい時があったんだよ」

「え……」

「それは……ふふっ……"恋に落ちた瞬間"」

「……っ」


 僕は柚子に好きと言われた。だからその瞬間は、僕に対して。

 顔が赤くなることが分かる。

 生暖かい吐息で耳に囁かれたのではなく、その言葉が、事実が僕を照れさせる。


 振り向くと柚子は、頬を赤らめて微笑んでいた。


 2人見つめ合う。

 と思えば、柚子は手をたたき。


「さぁ、練習再開しよう。涼夜、かっこいいところ見せてよ」


 今までただの女友達だと思っていた彼女は、なんかズルい……。


 




「うん、上手くなったよ涼夜!」


 柚子の指導のおかげで滑り方が分かってきて、なだらかな坂をゆっくりと曲がったりと、練習を積みコツを掴んできた。


「はぁ、はぁ……疲れた……」

「この調子なら明日は、みんなと同じ高いところから滑れそうだね。連続して滑ったから疲れたよね。もうすぐお昼だしここまでにしよっか」

「う、ん……」


 スキーは一見滑るだけで楽そうに見えるが結構体力を使う。


 ……お腹、空いたなぁ。


 レストハウスに入り、席はどこかと探していたが……すぐに分かった。目立つやつがいたから。


「おーい涼夜、美咲遅いぞー! 俺は腹が減ったーーっ!!」


 食堂に着くと翔吾がブンブン手を振っていた。翔吾はどこにいても目立つなぁ。


「……どこの席に座ったかわかりやすくて助かるねぇ」

「柚子、うるさいって顔してるよ」

「あっ、バレた?」

「おい、お前ら! 今絶対悪口言っただろ!!」

「翔吾うるさい」


 翔吾とは反対側に柚子と座る。

 テーブルにはすでにカレーが用意されていた。お肉と野菜ゴロゴロの王道カレー。スパイスの香りが食欲を掻き立てる。


 全員着席すると、手を合わせて食べ始めた。


「くぅぅぅ! やっぱ大人数で食うカレーって美味いよな!」


 翔吾が大袈裟な反応をしていたが、大人数で食べるカレーは美味いというのは同意である。


「この後は自由だよな! ソリ遊びにでも雪合戦でもなんでもできるよなぁ!」


 遊びのラインナップが小学生みたいだな。


「そういえばアレもあったね。確か名前は……スノーモービルだったけ」

「スノーモービル?」


 日常ではあまり聞きなれない単語に僕も翔吾も首を傾げる。


「なんて説明すればいいんだろう。うーん、分かりやすく言うと、雪の上を走れるバイクみたいなのに乗って、雪原を走行できるんだよ」

「なにそれ! 絶対楽しいじゃん! うおぉぉぉ! 乗るぅぅぅ!!」

「翔吾落ち着いて……」


 口の端にカレーソースをつけながら立ち上がる翔吾を落ち着かせる。


「わたしは犬ぞり体験に行きたいな。大型犬にソリを引っ張ってもらう……一度はやってみたかったし、自分が乗ってるところを記念に残したい。涼夜。良かったら一緒に行かない?」

「いいね、楽しそう」

「あとさ」

「ん?」


 柚子は僕に身体を寄せ、静かに言う。


「……夜は一緒がいい」

「っ!?」


 思わぬことを言われて身体を離す。


「え、あ……」

「ごめんね、困らせて。わたしは正直なことしか言えないんだ。それに最初に言っただろう? "キミの隣は譲れない"、って」


 ニコッと笑う柚子に僕は反応に困る。

 なお、翔吾は、テーブルに頬杖をつきながらニヤニヤ笑っていた。



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