隣の女は中々手強い

「なんで乃寧と希華が!?」

 

 驚いたのも束の間、乃寧と希華が僕の両腕に引っ付き、柚子から離すように引っ張った。


「まさか私たちが素直に2人を帰らすとでも思ったかしら?」

「後をつけるに決まってるよ。案の定こうだし……」

「はは。やっぱりこうなっちゃったか」

「とか言いながら、私たちが店を出るタイミングをわざわざ出してくれた柚子は確信犯じゃないのかしら?」

「まぁいずれこうなるよりは、今なった方がいいかなと思っただけだよ」


 何やらバチバチっと火花が散るような視線合わせ。


 両者を交互に見て、何か声を掛けようとした時だった。


「あれぇ、君たち何してるの?」

 

 視線をずらすと、大学生っぽいチャラそうな3人組の男がいた。

 

「可愛い子たちか集まっていると思ったら、間近で見た方が可愛いわっ」

「これ当たりじゃねっ」

 

 呼んでもいないのに、近づいてくる。

 僕の存在など無いもののように上機嫌に笑う男たち。


 可愛い子がいればお近づきになりたいと思うは誰だってそうだ。それを行動に移すのは人次第だが。


「なぁ君たち、俺らと遊ばない?」

「遊ぶわけないでしょ。今わたしたち忙しいの」


 乃寧がキツく言う。キリッと強気な視線で、男たちを睨む。希華は怖がっていて僕の後ろに隠れていた。

 

「忙しいの? 俺らにはたべってるようにしか見えなかったけど?」

「頼むよ〜。今日だけの出会いじゃん〜」


 しつこい系だ。

 僕も黙って聞いている訳ではい。


 3人より前に出て言う。


「3人とも僕の連れなので貴方たちとは遊ぶつもりはないそうです」

「はぁ? お前が連れ? ハッハッハッ、笑わせるなよ」

「どうやってこんな可愛い子たちを連れ回してるか知らないが、1人ぐらい貸してよ」

「つか、君たちもこんなダサくてつまんなそうな奴といても———」


「はぁ?」


 低い声が響く。

 皆、声の主である柚子の方に視線がいく。


「なんて言った? ダサくてつまんなそうなやつ? そんなの君たちが決めつけることじゃ無いよね?」


 柚子が怒っている。それは声からも態度からも歴然だ。

 怒った柚子を僕は初めて見た。


「いや、その……癇に障ったならごめん」

「お、お詫びにそこでお茶しようよっ。なんでも奢っちゃうよ?」

「そこの男の子も連れてきていいからさ〜」


 柚子の様子にあからさまにビビっている男たち。

 柚子は深いため息をついた後。


「わたしたちにとって彼は一番大切なの。だから君たちについていく訳ないじゃん。あ、逃げる前に謝ってくださいね? なんの言われもない初対面にああだこうだ文句言われて今すっごく不快なので」

「「「す、すいませんでした……」」」

「違う。わたしじゃなくて、彼に」


 男たちは僕の方向き、同じように深々と頭を下げて誤った。


「はい、じゃあ早く去ってくれないかな? じゃないとわたしら、君たちに襲われそうだーって、叫んじゃうから」


 柚子がニッコリと笑みを浮かべる。

 決して嬉しいだとか、上機嫌から出る笑顔ではなく、これ以上は本気で怒るよ、といった圧が滲み出たもの。


 男たちも軽い気持ちでナンパしたようで、大人しく去ってくれた。


「と……邪魔が入ったね。乃寧さんや希華はこういうのよくあると思うけど。やれやれって感じだよね……。ああゆう話を聞かずぐいぐいくるタイプには口数と圧でねじ伏せればいいんだよ」

 

 爽やかな笑顔で言うけど、それが難しいと思うんだけど。


 しかし、ダサくてつまらなそう……やっぱり他人からはそう見えてるよね。最近は耐性がついてきてあんまり傷つか——


「ねぇ涼夜」

「なに?」

「男たちの言葉。間に受けてる?」


 柚子からの問いかけに一瞬返す言葉に詰まったが、


「間に受けると言うよりは、本当のことだからね。3人みたいな美人にこんなどこにでもいそうな男がいれば、誰だってムキになってああいうよ」

「うん、だいぶ耐性がついたっていう言い草だね」

「そんなことないよっ。スーくんはカッコいいもん」

「ありがとう希華」


 希華が慰めてくれる。優しいな、この子は……。


「確かに強い心を持つことも大事。そして好きな人は魅力的に見えるってことも本当。でも他人の目にはそれらは映らない」

「……柚子?」

「……?」

「……」


 僕らは柚子の次なる言葉に注目する。


「そりゃさ、人を見る要素って顔や学力、運動神経、はたまたファションセンスと色々あるよ。どれかひとつを切り取っても涼夜より優れた人は絶対いる。それは事実だ。でもさ、わたしが涼夜を好きになったのはそういう断片的なものじゃない」


 柚子は続ける。


「涼夜は優しいし、自分の危険を顧みずに誰かを助けることができる。今挙げたこと以外にも涼夜の良いところはたくさんあるよ。そういういろんなパーツが組み合わさって、君が君でいてくれるからわたしが涼夜が好きなんだよ」


 肯定の言葉には、お世辞や励ましだろうといった疑いが入る。

 

 けど、柚子の言葉はスッと入ってきた。

 いや——僕が彼女を信頼しているからだ。


「涼夜はさ、乃寧さんと希華さんのこと外見という一部分で好きになったの?」

「違うよっ。2人は内面も凄く素敵で……乃寧は面倒見が良くて、希華は料理上手で……」

「そうだよね。だって容姿が良くても性格がダメだったら仲良くなりたいとは思わないよね。わたしは余計なことで悩む涼夜をもう見たくない。涼夜、自分にもっと自信を持って」


 真っ直ぐに見つめる瞳。

 次に乃寧と希華に視線を向けた。


「乃寧さんと希華さん。一途に愛を注ぎ込むのもいいかもしれないけど……たまには涼夜の良いところを自覚させてあげてね」


 ウィンクして足を進めた。と思えば足を止めて。


「あ、涼夜こっちきて。もうちょい近くまで。そうそう。その辺で」

「え、なに——」


 ——ちゅ

 

 軽いリップ音。

 触れたのは唇。ほんと一瞬。10秒にも満たない温かな感触。


「じゃあまた明日〜」


 そして去っていく彼女の背中を、僕は微熱が残る唇を感じ、呆然と見送るのだった。


 



(希華side)


 私たちが言いたいことを、伝えたいことを全部言ってくれた。


 あの人は本当にスーくんの事が好きなんだ。生半可な気持ちじゃない。


 だからこそ、余計厄介。


 美咲柚子————中々手強い人。

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