遥かな未来の来訪者【第2話】

 子供を保護したら最愛の旦那様に隠し子疑惑が浮上した。



「誰との子だ!?」


「誤解だ、ショウ坊!!」



 ショウがユフィーリアに詰め寄ると、彼女はすぐに否定してきた。



「アタシに子供なんている訳ねえだろ!?」


「じゃあ何でこの子は貴女のことを『パパ』なんて呼んだんだ!?」


「何かの間違いだろ、銀髪碧眼の女なんてこの世にごまんといるぞ」



 ユフィーリアは足にしがみつくベティを抱き上げると、



「お嬢ちゃん、何かの間違いじゃねえか? アタシはお前のパパじゃねえぞ?」


「ぱぱだよ」



 ベティはユフィーリアに抱きつくと、



「このひんやりしたからだと、ぎんぱつと、あおいめはぱぱだもん。べてぃね、このあおいおめめはぱぱのめといっしょだってゆわれたよ」



 ユフィーリアは何も言えなくなってしまい、天井を振り仰いでいた。


 確かにこの世には銀髪碧眼の女性ならごまんといそうだが、冷感体質カルマ・フリーゼという体温が低い体質で銀髪碧眼となると限られてくる。ショウの知り合いで冷感体質を患った人間などユフィーリア以外に思いつかない。

 ただ、おかしなものである。ベティはエドワードやハルア、アイゼルネの3人は知っていたのだ。知られていないのはショウだけで、もしかしたらショウにも関係のある人物かもしれない。


 ハッとショウはとある答えに行き着く。こういう話が元の世界でよく二次創作の場にあったような気がするのだ。



「ユフィーリア、もしかしたらベティは未来から来たのかもしれない」


「未来から?」


「エドさんやハルさん、アイゼさんのことを知っていただろう。貴女がパパなら俺がママということにならないか?」


「なるほど、それか!!」



 ユフィーリアも納得したように頷く。


 これならベティの関係性にも納得できよう。エドワード、ハルア、アイゼルネを知っておりユフィーリアを『パパ』と呼称するならば彼女は将来的にショウが産むことになる子供だ。

 何という奇跡だろうか。二次創作として元の世界で通っていた学校のクラスメイトから見せてもらった『どーじんし』なるものに収録されていた漫画の内容が現実として起こるなんて、まさに夢のような体験である。


 しかし、



「おねーちゃんはままじゃない」


「え?」


「ままじゃない」



 まさかのベティ本人から否定である。



「ままはもっとかっこいいの。せもたかいの」


「…………ユフィーリア?」


「知らねえ!! アタシは知らねえ、無実だ!!」



 ユフィーリアは半泣きになりながら必死に否定していた。


 ベティ本人に「ままじゃない」と否定されてしまうと、もうショウとユフィーリアの子供である可能性がゼロになってしまった。もはや虚数の彼方までぶっ飛ばされてしまった訳である。

 ショウがママではないということは、将来的にショウとユフィーリアが破局をするか、もしくはユフィーリアが浮気をするかの2択である。そんなことは絶対に許さない。ユフィーリアに首輪をつけてでも阻止してやる所存だ。


 ショウはにっこりと笑い、



「大丈夫だ、ユフィーリア。痛くはしない。首輪と手錠を嵌めて用務員室に監禁するだけだから」


「無実だって説明してるのに何で監禁されなきゃいけねえんだ!?」


「将来的に浮気もしくは破局するかもしれないから徹底的に教え込んでおく必要があるんだ」


「失礼だな、永遠に純愛に決まってんだろ!?」



 首輪を片手に距離を詰めるショウから、ユフィーリアは懸命に距離を取る。腕に抱いていたベティは落とす恐怖があったのか、すぐ近くにいたアイゼルネに預けられていた。

 だって信じられないではないか。ずっと「愛してる」とか「大好き」とか「可愛い」とか言ってきたのに、将来的には裏切られるとはあんまりではないか。しかもその裏切られる瞬間が分からないのである、これからの未来をユフィーリアに嫌われる恐怖と隣り合わせで生きていかなければならないなんて嫌だ。


 その時、



「何の騒ぎ?」



 怪訝そうな表情を見せたヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドが用務員室の扉を開けて立っていた。



 ☆



 事情を説明すると、第四席【世界抑止セカイヨクシ】を除いた全ての七魔法王セブンズ・マギアスが集結した。



「可愛いお子さんだね」


「本当にちっちゃいッスね」


「3歳ぐらいですの? ユフィーリアさんのお子さんにしては可愛げがあるんですの」


「めでたいのぅ、ゆり殿も父親かのぅ」


「ですが母親はショウ様ではないのですよね?」


「最低」


「このクズ」


「見損ないましたの」


「ゆり殿、さすがの儂でも軽蔑するぞぃ」


「ユフィーリア様、懺悔室ならエテルニタ教会にもありますのでぜひお越しください。その前に身共が天罰を差し上げます」


「人の話を聞かねえな、お前ら!?」



 最初こそベティをちやほやしていた七魔法王の面々だが、母親がショウではないことを知るや否やユフィーリアに批判が殺到した。全員から一方的に責められたユフィーリアは「だから違うんだって!!」と叫ぶ。

 だが、この場の誰も信じていなかった。グローリアはジト目でユフィーリアを睨みつけ、スカイは「パパは最低ッスねぇ」とベティに余計なことを吹き込み、ルージュは何か呪文をぶつぶつと唱えている様子である。あの狡猾と有名な八雲夕凪さえユフィーリアに軽蔑の眼差しを向け、七魔法王の良心であるリリアンティアもユフィーリアに懺悔室行きをお勧めする始末だった。味方がいない。


 グローリアはため息を吐くと、



「ショウ君の誕生日本番を用事で祝えないから前倒しで来てみたら、まさか君の隠し子が学院をうろついているなんてね。想定外だよ」


「だから隠し子じゃねえんだよ……」



 ユフィーリアは疲れ切った表情で、



「何度も言うけど、アタシは子供をこさえた記憶はねえ」


「酔っ払っている時にどこぞの娘を孕ませたんじゃないですの。貴女、記憶を飛ばすまで酒を飲むことがよくありますの」


「たとえ酔ってたとしてもそんなことしねえよ!?」



 ルージュの下衆な考えをユフィーリアは否定する。


 だが、絶対とは言い切れない。ユフィーリアは記憶を飛ばすまで酒を飲んで、色々とやらかすことがあるからだ。

 その『色々』の過程で過ちを犯してしまった可能性だって考えられる。それがいつなのかは分からない。未来に起こり得ることだからだ。


 すると、ショウの膝の上に乗っていたベティが「めっ!!」と叫ぶ。



「みんな、ぱぱをいじめちゃめっ!!」


「でもベティちゃん、君のパパはとっても悪いことをしたんだよ?」


「ぱぱとままはいまでもなかよしさんなの!! だからいじめちゃめっ!!」



 ベティの言葉に、七魔法王セブンズ・マギアスたちは互いの顔を見合わせる。

 彼女の両親が仲良しということは、ショウである可能性も捨てきれなくなってきた。まさに希望の光である。


 グローリアはベティと目線を合わせる為に膝を折り、



「ベティちゃん、パパはどんなひと?」


「まほうがおじょーずで、やさしくて、たのしいことがだいすきなの。べてぃのこと『かわいいおひめさま』ってゆってくれるんだよ」


「じゃあママは?」


「あたまがよくて、ものしりさんで、いつもやさしくてだいすきなの。おりょーりはにがてなんだけど、でもね、ぱぱがつくってくれるけーきをいっしょにたべるとね、にこにこするんだよ」



 ベティはどこか嬉しそうに両親のことを語ってくれる。その微笑ましい一幕に、用務員室の空気が和んだ。

 そうだ、彼女は両親が大好きなのだ。その父親であるユフィーリアを子供の前で貶されれば、いじめられていると勘違いされてもおかしくない。


 誰もが一旦冷静になろうとした時である。



「すまない、遅れた訳だが」



 遅れて、七魔法王セブンズ・マギアスが第四席【世界抑止セカイヨクシ】にしてショウの実父であるアズマ・キクガが姿を見せる。

 桜色の着物と白色の帯を合わせ、とても綺麗な女性らしい格好をしているが大の男である。艶やかな髪もかんざしで艶やかにまとめ、漆塗りの下駄をカラコロと鳴らすその姿は和装美人とも呼べた。


 その姿を目にしたベティは、まさかの言葉を口にする。



「まま!!」


「え?」



 用務員室の空気が凍りついた。

 ベティの母親の行方が誰か分からなかったのが、ついに判明してしまったのだ。ショウではなく、ショウの身近な人物が母親だと幼子が示してしまった。


 子供の母親に指名されてしまったキクガは不思議そうに首を傾げ、



「その子供は一体?」


「朴念仁、そこに正座なさいですの。妻がいる身で息子の嫁と不倫をなさるとはいい度胸ですの!!」


「何の話かね!?」



 浮気絶対許さないマンと化したルージュがキクガを追い詰めるのをよそに、ショウは絶望の感情に駆られるのだった。

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