マイフェアレディ、副学院長のお嫁さんを作るのは誰だ〜誰もそんなことは頼んでいない〜

「副学院長!! 今年の誕生日は何がほしい!?」


「出来る限り叶えますね」


「そッスね、可愛い嫁さんがほしいッスね」



 ――今思えば、問題児の未成年組を相手にそんな冗談を言ったのが悪かった。



「始まりました!! 副学院長のお嫁さんを作るのは誰だ、マイフェアレディ大会のお時間です!!」


「えー、引っ張り出された上で巻き込まれましたぁ。よろしくお願いしまぁす」


「何もよくねえ!!」



 椅子に縄で縛り付けられたヴァラール魔法学院の副学院長、スカイ・エルクラシスは思わず叫んでいた。


 ちょうどお昼休みだったので、いつもは購買部で買ってきた携帯食料を片手に魔法兵器エクスマキナの研究をしていたのだが、今日に限って気が向いてしまったので学内に併設されたレストランを利用しようと魔法工学準備室を出たのが運の尽きだった。扉の前で待ち構えていた問題児が麻袋をスカイの頭に被せてきて、どこかに連行してきたのである。

 椅子に座らされたと思えば縄で雁字搦めに縛られ、ようやく頭に被せられた麻袋を取り払われたらそこに広がっていたのは大講堂である。しかもスカイは壇上に放置され、そして問題児の中でも飛び切りの悪タレどもがイキイキと司会進行なんかしちゃっているのだ。


 銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは「あれ?」と首を傾げ、



「だって『誕生日プレゼントに嫁がほしい』って言うから、じゃあもう作るしかねえじゃん」


「その発想がおかしいんスよ!!」



 スカイはガタガタと椅子を揺らしながら、



「大体、何でボクは縛られなきゃいけないんスか!!」


「逃げるだろうから」


「いや逃げるけど!! せめて手錠とかやりようがあったッスよね!?」


「何だ、今日の副学院長はやけに饒舌だな。もしかして、可愛い嫁さんが来るかもしれないってんで興奮してんのか?」



 状況を楽しむように笑っているユフィーリアに、スカイは軽く殺意を覚えた。コイツはあとで魔法兵器の実験台にしてやろうと心に決める。



「ていうか、司会進行役がユフィーリアとエドワード君ってのが納得できないッス。進んでやりそうじゃん」


「そう思うでしょぉ?」



 ユフィーリアと同じく司会進行役を務める筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムが「実はねぇ」と口を開く。



「ユーリは造形美術がダメだしぃ、俺ちゃんは俺ちゃんでちゃんと作ったんだけどアイゼからダメ出しされちゃったんだよねぇ。そんなにダメだったかねぇ?」


「逆に気になるな、どんなブツを作ったんスか」



 スカイは真剣な表情で言っていた。


 あの手先の器用なユフィーリアが作った『スカイのお嫁さん』とやらが、まさかのダメ出しされるとは想定外である。何でも器用にこなせるかと思っていたが苦手なこともあるようだ。

 そんな彼女とほぼ同じことが出来るエドワードも、同僚であるアイゼルネからダメ出しされるほど酷いものを作ったのか。1周回ってどんなものを作ったのか非常に気になる。


 ユフィーリアは指を弾いて転送魔法を発動し、



「ほらよ」


「え、何これ? 液状生物スライム?」



 ユフィーリアがスカイの前に突き出してきたのは、粘土で作られた液状生物らしきものだった。表面には顔らしきものまで描かれており、明らかに人間の形を保っていない。

 これを嫁として提出するとしたら、どこが頭でどこが身体になるだろうか。まさか目と鼻と口らしき部品が描かれているから、これだけで頭という訳ではあるまい。


 少し不満げに「失礼だな」と言うユフィーリアは、



「どう見てもナイスバディの嫁だろうがよ」


「ごめん、どこからどう見ても液状生物スライムにしか見えないんスよ。造形がダメってレベルじゃないんスよこれ」


「あ、そういや副学院長ってスレンダー美人がお好みだったか。悪い悪い、男は乳と尻がデカけりゃいいだろって思って」


「乳と尻だって認識できるようなブツはねえんスよ、アンタの目は節穴か?」



 確かにエドワードの言う通り、これを嫁として提出してくるユフィーリアの精神がおかしい。これをちゃんとした嫁として認識している彼女の眼球はどうなっているのか。

 この液状生物が乳と尻のデカいナイスバディな嫁だとすれば、世界中の人間は溶けているかもしれない。あるいは彼女にだけ見えるおかしな世界の住人か。どちらにせよ嫁ではない、こんなもの。


 スカイは助けを求めるようにエドワードへ首だけ向け、



「エドワード君のは?」


「これぇ」


「わあ、調理済み」



 エドワードが提出してきたのは、粘土で作られた肉の塊である。ユフィーリアとは違って細部に至るまで再現されているが、どう考えても嫁として扱うのはおかしすぎる。

 まず嫁を調理済みにしないでほしい。人肉を好んで食べる人種だと思われているようだ、スカイにそんな趣味はない。


 スカイは首を横に振り、



「却下」


「だよねぇ、上手く出来たと思ったんだけどねぇ」


「ウケ狙いでやったんスよね、これ?」



 仮に「本気で作った」と言われても、スカイはもうウケ狙いで作ったと判断するしかなかった。肉塊になって出てくる嫁は勘弁してほしい。



「じゃあそんな訳で司会はユーリでぇ、解説は俺ちゃんがやってくよぉ」


「ちなみに嫁は全部粘土で作ってあるから良心的だぜ。好きなのがあったら言えよ、魔法で動かしてやるからな」


「動かすな止めろ」



 スカイのツッコミは虚しく終わり、ユフィーリアとエドワードによる『スカイのお嫁さん作成大会』が開催されてしまった。

 ちなみにどこからやってきたのか、大講堂にはヴァラール魔法学院の生徒たちがいる。どうやら面白半分で見物に来たようだ、見ているだけなら助けてほしい。


 ユフィーリアは「まず最初はコイツから」と紹介し、



「大会の発案者、ハルア・アナスタシス君です」


「よろしくお願いします!!」



 舞台袖から元気よく登場したのは、問題児の中でも頭の螺子の本数が他の人物よりも足りていないハルア・アナスタシスである。

 彼が押してきたのは、布がかけられたワゴンである。ワゴンの中心は異様に盛り上がっており、若干人間のような形をしているように窺える。


 ハルアの押すワゴンはスカイの目の前で止まり、



「これです!!」



 ハルアがワゴンにかけられた布を取り払う。


 その下から現れたのは、粘土で作られた人形である。ふわりとなびく長い髪につぶらで大きな瞳には砕かれた綺麗な石が埋め込まれている。朗らかな笑みを浮かべる彼女は可憐の一言に尽き、華奢で細身の体躯には余計な脂肪分が乗せられていない。

 彼女が身につけているのは、海兵を想起させる制服である。襟の捲れ具合、スカーフが揺れる様、スカートがふわりと持ち上がる瞬間まで完璧に再現された完成度の高い作品である。スカートから伸びる足は太腿まで長靴下で覆われており、靴下の上に乗せられたお肉のぷにっとした感覚まで芸が細かい。


 自信満々に胸を張るハルアは、



「自信あるよ!!」


「凄いや、液状生物スライムと調理済みのあとに見ると凄くまとも」


「ユーリとエドの奴はふざけてたからね!!」



 やはりあの液状生物と調理済みの嫁はふざけて作ったものらしい。


 それにしても粘土で作ったとは思えない出来栄えである。

 髪の毛が靡く様も、スカートが捲れる姿も、何もかもが細かいのだ。瞳もわざわざ虹彩を思わせるように削っているようで、少女らしい雰囲気によく似合う緑色の瞳となっていた。


 スカイは「ほー」と感心したように言い、



「手先が器用ッスね」


「ショウちゃんが『やるなら徹底的に』って教えてくれたから」


「なるほど。――ところで」



 少女の瞳に注目したスカイは、



「この瞳、よく出来てるッスね。何かどこかで見たことあるけど」


「副学院長のお部屋にあった石を使っちゃった!!」


「それ研究用の魔石じゃないッスか!! 何してくれてんだ!?」


「だって綺麗だったから!!」



 悪びれもなく言うハルアに、スカイは頭を抱えた。この調子だと相当小さくなるまで砕いたに違いない。



「さあ、どんどん参りましょう!!」


「参らんでいいんスよ、さっさと解放しろ!!」


「やだ。次の方に行きます」


「鬼かアンタ!!」



 ユフィーリアが舞台袖に向けて「次の人ぉ」と呼びかけると、次なる嫁をワゴンに乗せて挑戦者がやってくる。

 橙色の南瓜で頭部を覆った女性――アイゼルネだ。ワゴンに乗せられた嫁はハルアの時と同じく布がかけられていて見えないが、こんもりと盛り上がった山は人ではないように見える。


 アイゼルネは楽しそうな口調で、



「お誕生日おめでとウ♪」


「アイゼルネちゃん、お願いなんでここからボクを自由にしてほしいッス」


「あら嫌ヨ♪ 副学院長にはおねーさんが作った特別なお嫁さんを見てほしいワ♪」



 問題児の良心であるアイゼルネに助けを求めるも、彼女は即座にお断りしてきた。この世に救いはないらしい。



「おねーさんが作ったお嫁さんはこれヨ♪」



 アイゼルネはワゴンにかけられた布を取り払う。


 その下から現れたのは、白い粘土を使用した丸まった猫である。眠っている姿を再現しているのか、目は閉じられており今にも動き出しそうなほど細かいところまで作り込まれている。髭は針金を使用しているのか、金属めいた光沢感もあった。

 頭頂部で存在を主張する三角形の耳、ふわふわそうな長い尻尾。動き出したらきっと美しくしなやかにスカイへ擦り寄ってくれるだろうか。猫の姿をしているが作られた素材は粘土なので、アレルギー体質のスカイにも優しいお嫁さんだ。


 ワゴンの上で丸まった白猫と対面を果たしたスカイは、



「アイゼルネちゃん優勝」


「即座に優勝を決めるな」


「あと2人残ってるよぉ」


「もうこれでいい、これがいい」



 他の人物が作る嫁などたかが知れているのだ。どうせふざけているに決まっている。

 それならスカイの好きそうなものを作ってくれたアイゼルネの作品を嫁にする所存である。その方が遥かにマシだ。


 しかし、ユフィーリアがスカイの前から白猫を乗せたワゴンを退かしてしまう。



「はーい次」


「やだ!! あの猫を吸わせてほしいッス!!」


「粘土の匂いしかしねえよ」



 スカイの意見など無視して白猫を撤収させたユフィーリアは、舞台袖に向けて「次の人、どうぞ」と呼びかける。


 舞台袖からワゴンを押しながら姿を見せたのは、ユフィーリアを愛してやまない女装メイド少年のアズマ・ショウである。

 ユフィーリアという銀髪碧眼の魔女が絡まなければ比較的常識人であるはずの彼が嫁を提出してくるとは、もう何か嫌な予感しかしない。碌なものを提出してこないと思う。


 ショウはワゴンをスカイの前まで運んでくると、



「お誕生日おめでとうございます、副学院長」


「その得体の知れないブツはお持ち帰りしてください」


「嫌です、見てから考えてください」



 慈悲の欠片もない女装メイド少年は、ワゴンにかけられた布を取り払った。


 布の下から現れた粘土製の嫁は、猫耳メイドさんであった。華麗に靡く長い髪に大きな瞳、整った美貌には恥ずかしげながらも笑顔を浮かべている。スカイの趣味ではないが出るところは出て締まるところは締まった抜群のスタイルに短いスカートが特徴のメイド服を身につけている。

 頭頂部で揺れる猫の耳と腰で揺れる長い尻尾にはリボンが巻かれており、胸元に猫の鈴が存在を主張する。細部までこだわりにこだわりを重ねたものであると判断できる逸品だった。


 ただし顔が、どこからどう見ても司会者であるユフィーリアと瓜二つなのだ。



「いかがでしょう?」


「ユフィーリアッスよね、これ?」


「はい、そうですが」



 何の躊躇いもなく旦那様をモチーフにして粘土製の嫁を提出してきやがった、この馬鹿野郎。



「何でユフィーリアを題材にしちゃうんスか、アンタの旦那様でしょうが!!」


「粘土を触っていたらつい」


「つい、で出来る出来栄えじゃないんスよ!!」



 スカイは猫耳メイド服のユフィーリアフィギュア(粘土製)を示し、



「アンタはいいのかこれで!? 選ぶつもりはサラサラないけど、これがボクの嫁になってもいいんスか!?」


「よくないです殺します」


「情緒不安定か!?」



 そもそも自分が愛する旦那様を粘土製の嫁にして提出してくる時点で、もう暴走する引き金に指をかけているのだ。選んでも死、選ばなくても死という最悪の状況に立たされている。

 当然ながら論外である。スカイだってまだ生きていたいのだ。


 怒涛のツッコミを終えたスカイは、



「これがあと1人続くんスか……」


「そうだよ」


「誰ッスか、こんな阿呆な催し事に首を突っ込む物好きは」



 スカイが深々とため息を吐くと、最後の1人がワゴンを押してやってくる。



「やあ、スカイ」


「グローリア!?」



 絶対に参加しないだろう人物――学院長のグローリア・イーストエンドがワゴンを押しながら登場した。

 普段の彼は問題児であるユフィーリアたちの問題行動を諌める立場にあり、進んでこんな馬鹿げた催し事に首を突っ込むことはないのだ。一体どういう風の吹き回しなのだろう。


 グローリアはスカイの目の前でワゴンを止めると、



「今日は君の誕生日でしょ? せっかくだしと思ってね」


「アンタもまさか粘土で嫁とやらを作ったんスか?」


「手先が器用な問題児と違って下手くそになっちゃったけど、一生懸命作ったつもり」



 ワゴンを覆い隠す布を掴んだグローリアは、



「スカイ、誕生日おめでとう」



 そう言って、布を取り払う。


 ワゴンの上に乗せられていたのは粘土製の人形ではなく、粘土製のホールケーキだった。

 等間隔に置かれた粘土の苺、そして適当に刺された蝋燭、誕生日プレートまで細かく再現されていた。滑らかなクリームを表現する為に表面はつるりとしており、着色されていれば食べられそうな雰囲気があった。


 予想外のものが出てきて驚くスカイは、



「せめて、せめてボケてほしかった……!!」


「本物は君の研究室に送っておいたから」


「精神状態がおかしくなりそうッスよ」



 スカイは困惑したように笑う。


 ただ彼らは純粋に、スカイの誕生日をお祝いしたいだけだったのだ。それが元来の『面白い』と『面白くない』で物事を判断してしまう性格のせいでこんな混沌とした催し事に変貌を遂げてしまった訳である。

 悪意はなく、忖度も媚び諂うこともない。故郷で迎える誕生日とは大違いだ。



「ありがとう、みんな。本当に、嬉しいッス」


「そうかそうか、アタシも副学院長の誕生日を祝うことが出来て嬉しいよ」


「そうだねぇ、めでたいもんねぇ」


「ん?」



 ユフィーリアとエドワードの手がスカイの後頭部に添えられる。


 嫌な予感がする、物凄く嫌な予感がする。

 目の前に置かれたケーキ、問題児の中でも特に悪タレと名高い連中が手を添える後頭部。椅子に縛り付けられているので、逃げ場はない。


 つまりこういうことだ。



「ハッピーバースデー!!」


「今日が副学院長の誕生日だぁ!!」


「へぶんッ!?」



 ユフィーリアとエドワードの手がスカイの後頭部を押し、スカイは顔面から粘土製のホールケーキに飛び込んだ。

 飛び散る粘土、顔中に広がっていくワゴンに叩きつけられた際の痛み。最初からこれを計画していたのか。


 粘土製のホールケーキに顔を埋めたまま、スカイはこのケーキを作ったグローリアに問いかける。



「グローリア、これは本当にアンタが作ったんスか?」


「ううん、ユフィーリアが作ったんだよ。僕はただここに運んできただけ」



 顔を上げると、グローリアは朗らかに微笑みながら言う。



「誕生日おめでとう、スカイ。この前君が作った魔法兵器エクスマキナが学院長室を火の海にしたことは覚えているからね」



 ――まさか、彼がこの計画に乗ったのは仕返しの部分が含まれているからか。



「命だけは!! 命だけは助けて!!」


「あははは、せいぜい問題児の玩具になるといいよ今日の主役君。僕は午後の授業があるから失礼するよ」


「それはボクも同じなんスよ!!」


「大丈夫、君の代理の先生はもう手配してあるからゆっくり楽しんでね」


「いやああああああ!?!!」



 無慈悲にも学院長から見捨てられたスカイは、問題児により粘土攻撃に悲鳴を上げるのだった。

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