命の灯 à la carte

きょお

掌編

日常もの

開発長

※本編14章の直後の一幕。


「ハギワラ!」

 長官会議が終わり、アレクや友香と今後の予定を調整すべく話し始めたところで、背後から呼びかけられて睦月は振り返った。

 ギリシア彫刻のような整った顔立ちの青年――確かさっき、開発部の長官と紹介されたはずだ。名前は――そう、レイ・ソンブラ。

「Posso prendere in prestito il tuo smartphone per un secondo?」

「……え?」

 唐突に聞きなれない言葉で話しかけられて、睦月は目を白黒させた。

「レイ、何でイタリア語なの?」

 戸惑う睦月の様子を見て、友香が苦笑交じりにレイを諫める。

「い――イタリア語?」

「Perché non sono bravo in giapponese. Non studi italiano all'università o qualcosa del genere?」

「大学でイタリア語やってないのかってさ」

 今回、笑いながら通訳をしてくれたのはアレクだ。

「ごめん、やってない」

 第二外国語は中国語にした。ビジネスに使えるからと親戚に薦められた結果だ。

「Can I borrow your phone for a second?」

 今度は英語だ。問題なく聞き取れたことにほっとしながらも、一体彼らは何カ国語話せるのだろうかという疑問がよぎる。1ヶ月も滞在していたら、語学力までつきそうだ。

「ていうか、なんで?」

「貸さなくていいわよ、睦月」

 問い返しつつもポケットに手を入れた睦月に、友香が苦笑する。

「貸したら最後、魔改造されて返ってくるから」

「え、マジ?」

「ちょっと中山。僕は中の構造が見たいだけなんだけど」

 精界語に切り替えたレイが、友香に苦情を申し立てている。だが、その発言を通訳された睦月の方も、黙って聞き流すことはできなかった。

「いやいや、中の構造って何」

「だからちょっと分解して」

「分解!?」

 レイと睦月のやり取りに、通訳をしていたアレクがこらえきれずに噴き出した。

「そうだよな、普通そういう反応になるよな。いや、なんだかんだ言って、俺も慣らされてたんだな」

「でも指揮官、萩原と連絡を取る手段がいるでしょ。そこで僕がちょちょっと」

「その心は?」

「人界の最新技術が見たい」

「……素直に言えばいいってもんじゃないのよ、レイ」

「いいじゃん、ちゃんと元に戻すからさ」

 呆れ顔の友香に、納得できないと言わんばかりのふくれっ面で、レイが返す。

「ついでに何の機能をつけるつもりよ」

「だから精界との通話機能だって。あとこっちへのゲートを開く機能とか」

「確かにその辺の機能は欲しいところだが、敢えて睦月のを分解しなくても、俺たちが普段使っている端末で十分だろう?」

 アレクの言葉に、友香がうんうんと頷いている。

「指揮官、わかってないなー。こういうのは、普段持ってるものだから意味があるんだってば。普段使いと緊急用とに分けると、大概、緊急用を忘れるんだよ」

 上官に対する口調としてはとてつもなくフランクだが、こういう話し方をするのが、開発長という人物なのだろう。基本的に身分差だとか立場だとかには無頓着で、自分の好奇心を満足させることにしか興味がないマッドサイエンティスト。

 だが、だからこそ驚くような着想でとんでもない術式や機材を作り出すことができる。同時に、彼の実験に巻き込まれた被害者はもはや星の数に達するのではないかと、まことしやかに噂されているというのは、後から聞いた話だ。

「あー、じゃあ今度、前の機種を持ってくるよ。機種変更した後、持ったままだったし」

「えー、最新のがいいんだけど」

「そっちは使ってないし、あげるから! 好きに分解していいからさ」

「……ん、ならいいか」

 どうやら条件をお気に召してもらえたようだ。レイは白衣のポケットから手を出してひらりと振り、踵を返して去って行く。その背中を見送りながら、誰ともなしに苦笑が漏れた。

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