第276話 世界 -WORLD-(6)

 戦姫像正面から、空を垂直に分断する青白い光──。

 メグリが跳躍して宙に蘇り、青白い光弾を一つ、世界ワールドの背へ目がけて放つ──。


「──声援を一身に受けての復活劇……。ヒーローのお約束よねっ!」


 光弾を受けた世界ワールドは、血飛沫に似た赤い体液を背後に噴出。

 奇跡のようなメグリの復活劇に、屋上の一同から驚きの叫びが上がった。


「師匠っ!?」

「お師匠っ!?」

「お師匠様っ!?」

「……メグリっ!?」

「戦姫っ……!?」


 言葉に差異はあるも想いは一つ……の呼び声が、ナルザーク城塞の上空に轟く。

 流血の筋を顔に残しつつも、覇気十分の勇ましい表情を浮かべるメグリ。

 屋上へ降り立つと同時に、その背後で巨蟲に仕掛けられた爆雷が爆発──。


 ──ドゴオオオオオォンッ!


 巨蟲の蠱亜コアが内部の針金蟲ハリガネムシごと破壊され、胸部が背後へゆっくりと折れ曲がる。


「巨塔の倒壊……か。爆発演出アリとは、捗るわねっ!」


 熱気と焦げた巨蟲の異臭を背に受けつつ、まっすぐに立ち上がるメグリ。

 両手から長い爪のようなオーラを二本ずつ発しながら高速で駆け、世界ワールドの全身を斬りつけ始める──。


「──アリスッ!」


「なあにっ?」


「戦姫像の設計者がご存命なら、いまのうちに感謝の手紙、したためてくれるっ!?」


「えっ……?」


「胸盛ってくれてありがと……ってね!」


「胸…………そうっ! 戦姫像の胸の隆起に掴まって、命拾いしたのね! ウフフフッ……あなたらしいわっ!」


 ──五十二年前、当地を救った異世界の戦姫、すなわち十七歳時のメグリ。

 その容貌を模して造られた、ナルザーク城前面の巨大な戦姫像。

 見栄えを良くするため、実際のメグリよりも、胸囲が大幅に豊かにされていた。

 いまメグリは、その隆起の上で組まれた掌にしがみつくことで、地上への落下をしのいだ──。


「わたしのが忠実に再現されてたら、今度はあの世へ転移させられたわっ! あはははっ!」


「正式な設計者は残念ながら鬼籍だけれど、デザインの草案は……このわたくし!」


「じゃあアリスに助けられたってことかっ! お礼に今夜は、たっぷり可愛がってあげるわよっ!」


「まっ……♥ こんな人前で……恥ずかしいっ♥ でも、うれしいっ!」


 あたかも思春期の少女のように、アリスが左頬へ右手を添えて紅潮。

 呼応するようにメグリの表情も赤みを増し、血色を良くする。

 その赤みが、メグリのトレードマークでもあるソバカスを薄めていく──。


世界ワールドっ!」


 世界ワールドの正面へと回り、近距離で両中脚を斬りつけるメグリ。


「わたしはさっきまで、アンタとついの存在だと思ってた! アンタを倒せばわたしも自分の世界へ戻らされて、つい消滅だしっ! おンなじ顔だからよけいにねっ!」


 すぐさま世界ワールドが反撃。

 両鎌を打撃気味に、近距離のメグリへと放つ。

 そのときすでに、メグリは世界ワールドの左側面。


「……でも決定的な違いが、二つあった! わたしはこの世界と、ここに生きる人を愛してるっ! そして、この世界の人たちから……愛されてるっ!」


 メグリへ向けて胸部を捻る世界ワールド

 しかしメグリは瞬時に、その背後を取った。

 そして刺突武器のように硬く鋭利な産卵管を、真上から振り下ろした両手で破壊。


 ──ガキイィン!


 最後の蟲である世界ワールドの産卵が不可能となったこの瞬間、「蟲」という生物の未来が途絶えた──。


「ガッ……! グッ……! ワタシ……セカイ……イキル!」


世界ワールド、アンタはこの世界を愛してないっ! この世界から愛されてないっ! それは計りしれない不幸……絶望っ! アンタはその苦に抗う者だって……みんなから声援を受けて、はっきりわかった!」


 顔に憐みの念を宿しながら、メグリは世界ワールドの右側面へと移動。

 腹部と脚に無数の直線的な傷を刻む。

 腹部から赤い体液が、ひび割れた花瓶のごとく滲み出た。


「だからわたしは今度こそ、躊躇しないっ! 憐れまないっ! 弔いはいくらでもするっ! それでもわたしは愛する者……愛してくれる者のために、必ず勝つっ!」


 巨大な爪で引っ掻くかのごとく、メグリが近接戦で世界ワールドを傷つけ続ける。

 動くたびに速さを増し、斬りつけるたびに威力を高める。

 そして額や頬には、少女のような張りが満ちていく。

 リムはその顔に、見覚えがあった──。


「お師匠様の顔……わたしたちを試したときみたいに、若返ってる? それにあの、手から出てる『コ』の字状の光……。いったいなにを武器にしているんでしょう?」


 リムが、だれ宛てともなしにつぶやいた疑問。

 わきにいたラネットが、それへ返答。


「あれは壁の、上り下り用の取っ手だと思う! 戦姫像のわきに、はしご代わりの取っ手が打ちつけてあったもん!」


「……なるほど、取っ手! でしたらわたしがいま取るべき行動は……これですねっ!」


「わわっ! なにするのさリムっ!?」


 リムがラネットのウィッグを乱暴に引っ張り上げて、奪う。

 それを手にルシャへと駆け寄り、同様の動きでウィッグを強奪。

 三位一体トリニティの替え玉受験の小道具、それぞれの地毛を用いたウィッグ。

 両手に握るリムが、世界ワールドに臆することなく、メグリのそばへと駆ける──。



※関連エピソード「第134話 戦姫像」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860772668332/episodes/16817139556790665326

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