第274話 世界 -WORLD-(4)

 ──蟲との戦いの、実質上の牽引者だったメグリ。

 血の糸を眉間から吹きながら、戦姫像の頭部上空を仰向けで舞う。

 巨蟲の動きを封じた城前面の兵たちは、力ないメグリの背を見上げる。

 絶え間ない号令で喉をらしたエルゼルが、ガラガラ声で叫んだ──。


「メグリーーーーーーーーッ!」


 奥義・富嶽断を解き、足先から着地したステラが、これまでにない怒号──。


「お師様ーーーーーーーーっ!」


 一次試験・武技部門の場で、差別や偏見から己をかばってくれたムコが、城壁の上部から悲壮感交じりに叫ぶ──。


「メグリさーーーーーーんっ!」


 これまでのメグリの奮戦を知る者たち、フィルルやユーノといった、袖すり合うも他生の縁の面々も、「メグリ」「戦姫」「食堂のおばちゃん」の名を叫ぶ──。


 ──屋上。

 ここではすでに、メグリの姿はもう戦姫像の頭部を越えて落ち、見えない。

 石畳に一直線に引かれ落ちた血痕も、世界ワールドの巨躯の陰。

 駆けつけたばかりのルシャが、助太刀が一歩届かなかった己を恥じ入りながら、メグリに声援を送る──。


「師匠ぉーーーーーーーーっ!」


 異世界の叡智の数々を授かったリムは、階下で「自分にできる助力はない」などと言ってしまったことを悔やみながら、その身の無事を願って叫ぶ──。


「お師匠様ぁーーーーーーっ!」


 二人の絶叫に覆い被せるようにラネットが、運命の恋人・トーンと自身を引き合わせてくれた恩師の体を引き戻さんと、叫んだ──。


「お師匠ぉーーーーーーーっ!」


 それらの声を踏み台にして、性別と世界と五十二年の月日を跨いだ恋人・アリスが、命を込めて、だれよりも大きく、高く絶叫した──。


「メグリーーーーーーーーっ!」


 加えて城前面の部隊同様、メグリの活躍を知る者たちが、それぞれの言葉で、声援を空に送った────。


 ──しかし、メグリの返答はない。

 代返するかのように、十七歳時のメグリの顔を持つ世界ワールドがニヤけた笑顔を浮かべて、屋上の兵たちに向けて一歩前進。

 異世界の技術の結晶、スマートフォンを踏み潰す──。

 蟲の唯一の天敵とも呼べるメグリ。

 その抹殺という悲願を果たした世界ワールドが、残るこの場の兵の全滅と、麓へ下りての繁殖活動を行うべく、両前脚の鎌と、両腕脚の長剣を高々と掲げる。

 ニセハナマオウカマキリをベースにした世界ワールドの姿は禍々しく、まさにこれから、この世を統べんとする魔王。

 しかしその姿に臆する者は、この城塞内に一人もいなかった。

 ルシャが先陣を切って躍り出て、世界ワールドの正面で剣を構える──。


「テメェ……。まだその顔使うってのが、どんだけ胸糞行為かわからせてやるっ!」


 ルシャの隣には、すぐさまセリがえんに就く。

 ルシャに触発され、場の兵すべてが世界ワールドを扇状に囲う。

 その中には、老齢のアリスの姿もあった──。


「メグリ……! あなたがいないこの世のすべての世界……もうなんの価値もないわっ! こいつを殺して、すぐにあとを追うからっ!」

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