第244話 月 -MOON-(4)(※残酷描写有り)

 ──城外、戦姫のいくさ一帯。

 闇夜に出現した蟲は、点在する篝籠を鎌で薙ぎ倒し、明かりを奪う。

 蟲は複眼を変異させた、暗視機能を持つ眼鏡を着用し、昼間同様に軽快に移動。

 一時的に暗闇へ紛れては戦姫團の兵を煙に巻き、別の暗闇からヌッと現れて、篝籠を倒壊させる……を繰り返す。

 シーは城塞に唯一配備されている電動式の投光器でその姿を追うも、蟲はシーも投光器も無視して篝火を消すことに執着。


「……眼鏡のあちしが顔移しの相手に選ばれないのは、顔面偏差値からしてしょーがないでしが、投光器が無視されるのはなんででしかね? 光量ではなく熱量を、襲う基準にしてるんでしかね……?」


 シーは顔を上げ、こうこうと輝く月を見る。

 スーパームーンを過ぎたとは言え、初夏の月光は山頂部の闇夜にまばゆい。


「……光源を襲う性質だと、月へ飛んで行かなきゃならなくなるから、熱源を対象に襲っているんでしかねぇ? この投光器も、相当熱持ってるんでしがねぇ」


 鋼鉄製の三脚に据えられた、直径約30センチの電球による投光器。

 電球部は水平に回転可能で、前方180度の暗闇を照らすことができる。

 しかし仰角ぎょうかくはなく、蟲が城壁へ上ったり、一時的に飛翔したりすると、その光は無力と化した。


「むぅ……。この投光器はただの夜間作業用でしから、高所へ行かれると弱いでしな。『目』のあちしに姿を追えても、兵のみんなに見えてなければ意味ないでしし」


 女性兵たちはいよいよ最後の一つとなった篝火の周囲に集まり、蟲を待ち構える格好へ。

 あえて篝籠の再設置をせず、最後の一基を餌に待ち伏せして先手を取る算段。

 シーもそれが有効だと、考えたが──。


 ──ザシュッ!


 一人の女性兵の首が、スライドするように肩から地へ落ちた。

 苦悶と絶望の表情を浮かべたまま硬直した顔が、篝籠の下に転がり、橙色の明かりでゆらゆらと照らされる。

 暗闇から前脚を伸ばしてきた蟲の前面が、宙を舞う火の粉の向こうに現れる。

 昵懇の仲だった女性兵が怒声を上げながら、蟲の前脚を斬り落とすべく突撃。


「よくもおおおおおおぉ! ジルディをおおおおおぉおっ!」


 ──ズブシュッ!


 再び闇夜に響く、肉が裁断され、血飛沫が跳ぶ音。

 蟲の右前脚の鎌が、女性兵の左肩から右胸部へと一気に貫通。


「そん……な……。鎌が……見え……なか…………た……ごほっ!」


 女性兵が熱い血の塊を吐瀉し、白目を剥く。

 蟲は振り払うようにして女性兵の亡骸を地へ倒し、鎌についた血と肉片を、擬態部の口でぺろぺろと舐め始める。

 昆虫のカマキリも見せる、鎌の威力を維持するための手入れの挙動。

 しかし周囲の女性兵には、殉職した同胞を愚弄するしぐさにしか見えない。


「くっそおおおぉっ!」

「死ねえええぇええっ!」

「同期の仇ィ!」


 次々と立ち向かった三人の女性兵は、復讐心を露にしながらも、対蟲用のフォーメーションを忠実に守って斬りかかる。

 しかし前方に陣取った二人は、瞬時に胸や肩に深手を負い、地に崩れた。

 蟲は間髪入れず篝籠を倒壊させ、辺りを闇とする──。


「ぐわあああぁああっ!」

「み……見えないっ! こいつの鎌……見えないところから来るっ!」


 倒れた二人は裂傷が酷く、痛みでのたうち回る。

 双方ともに、眼鏡は着用していない。

 蟲は二人を顔移しの相手として認識せず、どちらからもうかと、肉づきがよさそうなほうを眼鏡で判別し始める。

 シーはその眼鏡へ、すかさず投光器を照射。

 闇夜に生じた光線に、一瞬蟲がひるむ──。


「逃げるでしっ! その蟲の前脚には、ところどころ帯状の黒い模様があるでし! それが暗闇と重なることで、鎌の存在感や距離感を狂わせているんでしよっ! その体色を持つカマキリは……コカマキリでしっ!」


 蟲は「正解!」とでも言いたげな笑みを顔に浮かべ、シーへと向いた。

 いまの交戦で、城塞内に焚かれていた篝火は一時的に全滅。

 消去法で、蟲の狙いがシーの投光器へと移る。

 数人の護衛に囲まれながらシーは、迫る蟲の動きを投光器で追う。

 しかし蟲が翅を広げ、飛翔──。

 水平にしか向きを変えられない投光器は、その姿を逃した。

 蟲の凶刃がいつ降ってくるか……と恐怖に怯える女性兵たちの中へ、一人の受験者が勢いよく飛びこんでいく──。


「──せえいっ!」


 ディーナが投光器の三脚を後方へ引っ張って、わが身ごと地へと倒す。

 上を向いた投光器の光の道が、闇夜に飛ぶ蟲の正面を映しだした。

 そしてその光の左右から、二人の少女が宙を舞って現れ、交差──。

 ──ルシャとセリ。


「いくぜエロ眼鏡っ!」


「任せろ、ルシャ!」


 二人は蟲の左右の鎌を剣で同時に弾き、その体を後方へと反らす。

 バランスを崩した蟲は一旦飛翔をやめ、垂直に着陸し、翅を畳む。

 ルシャとセリは、蟲の両サイドに足から着地──。

 ディーナは投光器の三脚を立てながら、蟲の姿を夜に浮かび上がらせ続ける。


「……わたし、受験者のディーナ・デルダインです」


「……覚えてるでし。登城時に大騒ぎを起こした、海軍シンパの子でしからねぇ。ところでいま、迷いなく投光器を倒して、上へ向けたのは……。いずれ夜間の航空戦が行われることを、想定していたから……でしか?」


「はいですっ! 艦載機と、それを運用する航空母艦の建造が進めば、それからあとの時代は航空戦です! これからは投光器にも、仰角が必要ですっ! 『照空灯』へグレードアップさせるべき……ですっ!」


「それは、もしかして……。メグリ氏の発案でしか?」


「いいえっ、これはにいさん……わたしの亡き兄が言っていたことですっ! 兄はわたしの従者として、一緒に戦ってくれてるんですっ!」


 ディーナが水兵服の胸部へ縫いつけたシャチのアップリケを、掌で優しく覆う。

 そのとき、城塞内から失われたはずの炎が、列を成して復活していく──。


「にいさんはわたしとともに、この国を……人を……これからも守っていくんですっ!」


 水路の上を流れてくる炎。

 サラダ類を盛るためのボウルの中心に蝋燭を立てた、水上の燭台。

 それが城塞内を一周する水路を、等間隔でいくつも流れ、巡回。

 篝火には及ばぬものの、蟲の居場所を把握するには十分な明かりが周囲に生じた。


「一時的に排水門を閉め、水路の水を循環させる……。ディーナちゃんの発案でしか?」


「はいですっ! ここへきたときから、水路の使いかたを考えてきましたですっ! 海の男のにいさんなら、山の上の水道(※)をどう使うだろうって……たくさん考えたですっ!」(※ここでは航路の意味)


「水を光源にするとは……。いやはや、持つべきものは柔軟性でしな……」


 蟲は水路の燭台に気づくものの、蝋燭の炎一つ一つは小さく、かつ数も多い上、水路の冷気によって熱源が分散されている。

 なにより蟲にとってのいまの最優先は、正面にある顔──。

 美形の眼鏡少女、セリ。

 その顔を移すこと。

 セリが真顔を崩さずに、少し離れた位置で剣を構えるルシャへ問う。


「……ルシャ。やはりわたしには、蟲の顔も見えないが……。眼鏡をかけているというあの蟲の顔は、わたしよりもか?」


「へっ……安心しろ。おまえほど眼鏡が似合うエロ顔は、ほかにねぇよ!」


「安心した! わたしはおまえにとって、一番エロい女であり続けるぞ、ルシャ!」


「真面目に言ってんのが、おまえのこえーところなんだよな……。ま、わりい気しなくなっちまったオレも、たいがいだけどなっ!」


 ルシャとセリが信頼感に満ちた笑みを浮かべ合いながら横に並び、蟲と対峙──。

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