第207話 真剣

 ──ヴィイイイィイイッ!


 第1試合開戦のホイッスルが、青空へ吸われていくように高く響き渡る。

 両チームともに、二人が左右へと同時に駆け出し、初手で自陣を少しでも多く確保しようと急ぐ。

 幅2メートルの狭い回廊だが、二次試験まで進んだ猛者の中に、落下を恐れて速力を落とす者はいない。


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⬛……回廊(1辺2メートル換算)

⬜……エリア外(落下=離脱)

🟨……回廊の中心ライン

🟥……紅軍初期位置

🟦……蒼軍初期位置


 回廊上の4人が、ほぼ同時に中心ラインへ到達。

 左右の回廊で、二人の受験者が剣を構えて対峙する。

 剣を斜めに構えてやや腰を落とす受験者たちの、睨み合いが始まった。

 不用意に振っては相手を殺めてしまう真剣だけに、全員、慎重になる。

 一様に「ううっ……!」を短い呻き声を上げながら、金縛りのように体を硬直。

 その回廊上の様子を見ながら、エルゼルがほくそ笑む。


(そう……。その躊躇、その恐怖が普通。若人わこうどよ、おまえたちは正しい! もしもきみたちが、人と人との争いに、身を置かねばならなくなったとき……。心の隅に、その躊躇を持っておけ。いまこの経験が、きっと戦場で、理性を保つための拠り所となる。そして……)


 受験者たちが恐る恐る、互いに間合いの外から長剣を振り始める。

 その様子を見てエルゼルは、うんうんと頷いた。


(……蟲と戦うときは、人間の擬態部に惑わされず、剣を振るう決断を持て!)


 ──キンッ! キンッ!


 回廊上で少しずつ、剣がぶつかり合う音が響き出す。

 受験者たちは間合いギリギリの立ち位置で、申し合わせたように切っ先をかすめ合う、消極的かつせいいっぱいの戦闘を開始。

 1分間ほどその状態が続いたところで、一人の受験者が思案。


(真剣……怖いっ! 斬られるかもしれないし……斬るかもしれないっ! で……でも……。このままチビチビ切っ先当ててるだけじゃ、点が得られない! 踏みこまなきゃ……入團できないっ! わたしの夢……戦姫團にっ! 夢に向かって……進めええええぇええっ!)


 その決意が、回廊の表面を伝播するかのように、4人に相次ぎ発生。

 全員が重い重い一歩を勇気をもって踏み出し、長剣の中ほどをぶつけ合い始める。


「──うおぉおおぉおおっ!」


「──やああぁああぁあっ!」


 ──ギンッ! ガンッ!


 剣がぶつかり合う音と、受験者たちの掛け声が高まる。

 内心に恐怖を抱えつつも、それにくじけぬよう声を上げ、勇気を保つ。

 回廊の中ほどで一進一退を繰り返すその戦いぶりは、受験者たちが抱える五分の勇気と五分の恐怖を、そのまま体現しているかのようだった。

 エルゼルは目頭を少し熱くしながら、それを監視し、見守る。


(……それでいい。きみたちのその、新兵としてのまこと正しい在り方に、わたしは決して低い点はつけぬ! ひるむな! そして自分を見失うなッ!)


 ──ヴィイイイィイイッ!


 回廊上の4人は、試合終了のホイッスルを耳にした瞬間顔に安堵の色を浮かべ、脱力しながら長剣の切っ先を地に向けた。

 互いのチームの獲得陣地は、ほぼほぼ半々。

 エルゼルも彼女ら同様に、顔に薄く安堵の色を浮かべる。


(緒戦は予想通り……。決してきみたちを見くびったわけではないが、緒戦は後続への影響を考慮して、規範的な試合を見せるであろう人選にした。そして2戦目は……真剣に慣れているであろう人選……。つわもので固めた)


 試験官の女性兵たちが、回廊を平らに均したり、次戦の受験者の体格に見合った防具を運んできたりと、次戦の準備を開始。

 エルゼルが一歩前へ出て、次戦の組み合わせの発表の構え。

 リムに扮するルシャは、顔の前で両手を絡ませて、エルゼルの背後の戦姫像に向かって懇願。


(ええと……。いまので4人消えたから、エロ眼鏡と当たる確率かなり上がったはず! 頼む……オレとエロ眼鏡……当たらせてくれっ! オレとエロ眼鏡の名前……じゃなくって、リムとエロ眼鏡の名前……一緒に呼ばれろっ!)


 エルゼルが顔を上げて、迫力ある声を発する。


「次ィ! 紅軍……セリ・クルーガー、リム・デックス! 蒼軍……ステラ・サテラ、フィルル・フォーフルール! 前へッ!」


「……やったあ!」


 「セリ」「リム」。

 二人の名を耳にし、絡ませていた両手を真上に掲げて、思わず声を上げるルシャ。


「…………………………………………」


 そして数秒間固まったのち、冷静に現状を把握する。


(……はああああぁああぁあああっ!? オレとエロ眼鏡が同チームぅ!? 戦えねぇ……戦えねえじゃん!)

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