二次試験・武技

第204話 生え際問題

 ──二次試験・武技部門当日、朝。

 チームとんこつの自室では、最後となる替え玉受験工作が行われている。

 化粧台の前には、リムのドレスを借りたルシャがウィッグを外して座り、従者用のメイド服を着たリムがメイクを担当中。

 これまで幾度か行われてきた、不正行為の下準備。

 その様子が、この日は少し異なった。


「……………………」


 これまで化粧を煙たがっていたルシャが、借りてきた猫のようにおとなしく、リムのメイクを受けた。

 リムは仕上げに、自分の髪と同じ色に染められたルシャの地毛を櫛でとかしながら、つむじの生え際をチェック。


「……生え際から、ルシャさん本来の赤い髪が、見え始めてますね」


「うえっ……マジかよ。替え玉バレたりしねーだろーな?」


「ええと……。注意して見ないとわからない程度なので、大丈夫かと。わたしの髪と同じ暖色系ですし、目立ちませんよ」


「そっか……。ならいいけどよ」


「わたしが理容店の娘だから目がいった、というのもあると思います。まず大丈夫ですよ。アハッ!」


 リムは一旦櫛を止め、窓から外の景色を眺める。

 目に映るは、城を取り囲む城壁の内側、芝生が広がる一帯、その中を通る水路。

 城壁に遮られて空は見えないが、芝生への日の当たり具合や、水路の水面の輝きから、晴天が伺えた。


「……きょうもいいお天気みたいで、よかったです。雨で試験が順延したら、生え際の色違いが目だって、替え玉受験できなくなってたかもしれませんから」


 ラネットが2段ベッドの上段から身を乗り出し、リムを見下ろす。


「染髪料、予備はないんだよね?」


「……ええ、持ってきてないですね。登城時の手荷物検査で用途を問われたらまずいと、お師匠様が言ってましたから。もともと一次試験で下山するつもりでしたから、生え際問題は考慮の外でした」


「ん~、そっかぁ。歌唱試験のとき、ステージの上から見下ろされてたから、つむじ丸見えだったんだよね……。日程次第では、ボクもヤバかったな~」


「きょうの試験終了後、できる限り早く下山できるよう、あとでお師匠様に相談しましょう。ほかの受験者さんとの接点も増えてますし、入れ替わりのなりすましも、そろそろ限界ですね」


 その言葉を最後に、リムは再び手を動かし始める。

 額の生え際が人目につかぬよう、前髪を折り目正しく七三にブラッシング。


「……はいっ、終了です! あとはカラコン嵌めればバッチリですよ!」


 メイクを施し終えたリムが、笑顔でルシャから距離を置いた。

 化粧台の鏡を覗きこむルシャは、顔の角度を何度も変えながら入念にチェック。


「……なあ、もうちょい目尻を下げた印象になる化粧、したほうがいいんじゃないか? なんか、いつものオレっぽいんだけど?」


「大丈夫ですよ。戦ってるときは皆さん目つきキツいですし、カラコンで瞳の色を変えれば、劇的に印象変わりますから!」


「そうかぁ? それにオレ、やっぱリムに比べて肌黒くね? 白粉おしろいつけたほうがいーんじゃねーか?」


「それも気にならない範疇です! 特に今回の武技試験は屋外ですから、陽の差し具合や土埃でどうとでもごまかせます! アハッ!」


「それにやっぱオレ、おまえたちに比べて口でけーわ。口が小さく見える口紅の塗り方とか……ねーか?」


「なくはないですけど……。ルシャさん急に、お化粧にうるさくなってません?」


 リムは返答を重ねながら、表情に疑問の色を濃くしていく。

 一方のルシャは、リムからの指摘を受けて、バツが悪そうに左頬を釣り上げた。


「ん……。そりゃあまぁ……最後の最後で替え玉バレちまったら。台無しだからな。がさつなオレでも、ちょっとは慎重にもなるってもんさ」


 ベッドから身を乗り出していたラネットが、顔の向きをリムからルシャへと変更。

 にやけ気味に、すっかりリムの顔つきに変わったルシャの顔を覗きこむ。


「ルシャもいよいよ、自分がきれいになる楽しさに目覚めちゃった……とかぁ?」


「……なわけねーだろ。だいたいこれ化粧じゃなくて変装だっつーの。きれいって言われても、それリムが褒められてるだけじゃん」


 首を下げてからかうラネットと、顔を上げて唇を尖らせるルシャ。

 そこへ、ルシャのウィッグを被ったリムが二人の間に入り、両手を左右へかざして二人の顔を遠ざけながら、ニコニコと笑う。


「……では、無事試験が終わって下山したら、お師匠様のお宅を借りて、お二人の個性に見合ったメイクをさせていただきます!」


「「はあ?」」


「変装用ではなく、ガチのメイクをお二人に施してみたかったんですよねー♪ これ決定です~♪ チームリーダー権限~♪」


 二人の間で手を広げて、くるくるとその場で回りだすリム。

 ルシャが立ち上がり、その片手を掴んでリムの正面を自分へ向ける。


「いや、試験終わった時点でおめぇもうリーダーじゃないだろ!」


「い~え! 家に帰るまでが試験ですよ~♪ だってお二人とも、従者としてこの城塞に逗留していたことを、居住地の首長へ報告しないといけませんよね? ですからそれまでは~お二人ともわたしの従者です~♪ ララララ~♪」


 リムはご機嫌気味に再びくるくると回り始め、二人から距離を取った。

 「ふぅ……」と呆れ顔で溜め息をついたルシャとは対照的に、ラネットはぷっと軽く吹きだして苦笑いをした。


「あっはは……。リムの歌、相変わらず調子外れてるね。ボクが身代わり受験してあげて、ほーんとよかった!」


「ララララ~♪ あらためてお礼~申しあげますぅ~♪」


 おどけているリムを眺めるラネットとルシャの表情は異なるが、二人ともリムが、ルシャの試験への緊張感をほぐしつつ、これがこの3人による最後の三位一体トリニティだという寂しさを紛らわせているのだと、シンパシーを抱きながら察した──。

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