第082話 フィルル・フォーフルール(後編)

 ──ガガンッ!


 フィルルは双剣で、迷いなくゴーレムの胸部を同時に刺突。

 女性兵の痺れが体内に達し、喉と肺が震え、咳き込みが生じた。


「かっ……くっ……ごほっ! し、しっ……失格だ! コア以外への執拗な攻撃を現認っ! おまえを失格処分と……ごほっ……するっ!」


 咳き込みを交えた、女性兵からの失格の通達。

 フィルルはすました微笑で、それに反論。


「あらぁ……異なことを? わたくしこの通り、コアしか狙っておりませんが?」


 ──ガガンッ!


 フィルルは失格を告げられても、いっさい動じることなく刺突を続ける。

 あたかもその反応が、織りこみずみであったかのように。

 失格を告げてもなお刺突を続けるフィルルに、女性兵が声を荒らげた。


「ふざ……けるなっ! ラストコアは背中に……」


 言いかけて女性兵は、フィルルの意図に気づく──。


「……はっ!? ま……まさか……? おまえ……?」


「……ええ。『肉体を貫いてはいけない』という説明は、ありませんでしたねぇ?」


 ──ガガンッ!


「わたくしは、この通り……。背中のコアを、真面目に、愚直に、一直線に……狙っていますわ!」


 ──ガガンッ!


「エルゼル團長の、『ゴーレムの頭部を殴打して、内部の兵に脳震盪を起こさせた』という逸話を聞いて……。わたくし、思いましたの」


 ──ガガンッ!


「コア同時破壊の3撃で、秒殺するよりも……。そうした逸話を残すほうが、にふさわしいと! わたくしの戦姫團團長の栄光の歴史は、もう始まっているのですから!」


 ──ガガンッ!


 やまぬ双剣の刺突と、不快な高音を帯びた金属音。

 摩擦熱で重鎧の胸元が熱を帯び、黒ずむ。

 女性兵の乳房の谷間に、熱とともに恐怖が蓄積されていく。

 対してフィルルは、開始時と変わらぬ涼しい微笑。


「コア破壊時に漏れ出る赤い水……。あれってまるで、ゴーレムの血のようです……クスッ。ラストコアからは、特段濃いのが出そうな気がしますわ……クスクスッ♪」


 ──ぞっ!


 女性兵の顔から血の気が引く。

 全身の熱い汗が、一気に冷めた。

 蒸れを充満させていた鋼鉄の重鎧を、氷のように冷たく感じ始める──。


 ──ガガンッ!


 その音のたびに、己の寿命を削られていくかのように思う女性兵。

 現実、フィルルは女性兵の命を守る重鎧を、音とともに削り取っていた。


「さて……。そろそろ……ですかねぇ? クスッ♪」


 ──ガギイイィンッ!


 ついに、重鎧の胸元へ亀裂が発生。

 亀裂の周囲の鋼が、重鎧の内側へとめくれ、女性兵の肌に、衣類越しにチクリと食いこむ。

 その痛みとは比較にならないほどの激痛が、間もなく女性兵を襲う。


(鎧はもって、あと数撃……。いや、亀裂の大きさ次第では、次の一撃で剣が……)


 一際ゆっくりとした挙動で、ゆらりとフィルルが双剣を引く。

 女性兵にはそれが、人が死に際に見るというスローモーションの映像に思えた。

 フィルルがコキコキと手首を上下に揺らす。

 女性兵はたまらず声を挙げた。


「ひいいいぃいぃいっ! やめろおおぉおおおっ!」


 その悲鳴にいち早く反応したのが、観戦テラスのエルゼル。


「……待て! フィルル・フォーフルール……この試験、合格だ!」


 エルゼルの声に、フィルルが双剣を下げ、テラスを見上げる。

 フィルルの細い瞳が、エルゼルの切れ長の瞳と合った。

 エルゼルは音の立たない拍手をし、ジェスチャーでもフィルルの合格を伝える。


「重鎧の破壊をもって、背中のコアの破壊と判断しよう。それと……。この試験のルール、きみのおかげで再考が必要になったな。不備の指摘、感謝する」


「早くもわたくしの名が、戦姫團の歴史に刻まれるようで光栄です。クスッ♪」


 フィルルが剣を握ったまま、スカートの両裾をつまみ上げ、華麗に会釈。

 その優雅でありながらも不敵な態度に、エルゼルはフン……と鼻を鳴らした。


「ひとつ、尋ねたい。もしもわたしが、待ったをかけなかったら……。きみはそのまま、突いたか? 止めたか?」


「クスクスッ……。失礼ながら、それにはお答えいたしかねます。どちらを答えても、わたくしが安くなりますので」


「女の秘密は化粧のうち……か。立場上、きみ個人に肩入れはできないが……。戦姫團向きの性格をしているとだけ、言っておこう。フフッ」


「重ねて光栄に存じます。クスッ♪」


 フィルルが身を翻し、双剣を武器置き場へ戻して、闘技場をあとにする。

 ゴーレム内の女性兵は、それを見届けると重鎧ごと尻もちを突いた。

 観戦していた多くの従者も、初めて人の死を目撃するかもしれない……と、息を止めてなりゆきを見守っていたが、その尻もちを見て安堵の息を漏らした。

 その中にあって、ルシャは一人、乾いた笑いを漏らす。


「はは……。あの細目も……バケモンだ。格が違わぁ……。あと何人、あんなのがいるってんだよぉ……」


 ルシャの失望が伝播するかのように、周囲の従者たちの顔が曇りだす。

 ステラにフィルルと、規格外の受験者が早二人も登場した。

 それらに匹敵する逸材が、この先も続くかもしれない……という懸念が、時間差で場に蔓延しだしたのだった。

 眼下ではまだ、イッカがゴーレム相手に懸命に剣を振るっていた。

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